Casma
ジョヴァンニ・カッサンマニャーゴ、通称カズマは自称「新未来派」のアーティスト。ところで「未来派」というのはなんなのだろうか?ちょうどここに、「Futurism : Manifestos and Order Resources」という名称の興味深いサイトがある。
このサイトでは、未来派の過去の資料から現在のうごきまでを詳しく追っている。未来派主義者たちの息吹きがトクトクと伝わってくるヴィヴィッド(いきいきとした)なサイトというのはおとなしいほうの言い方。ほんまもののサイトというのは、当然現実社会とヌキミサシミの関係にあることを再認識させられるスゴミがある。ちょっとコワイぐらいだ。このサイトの冒頭文句がおもしろい。
(以下引用)
未来主義は、1909年イタリアに生まれたインターナショナルなアートの潮流。感傷的なロマンチズムのメソメソを一新しようという未来主義の意気は、いまもむかしもかわらない。
テクノロジーを恐れ、それにむかって攻撃の手をやすめないのは人間の「第二の習性」にさえなってしまった。新しい時代の恩恵を受けているくせにそれを批判するなんて偽善的なことを未来派主義者たちはしない。
「未来派宣言」はそれとは別の生き方を示している。未来派主義者たちが好んだのはスピード、騒音、機械、汚染、町。エキサイティングな新しい世界の到来を熱狂的に歓迎した。未来派主義者がみんなファシストだったってのはいただけないけどさ。
(引用おわり)
未来派のアーティストには、バッラ、ボッチョーニ、セヴェリーニらがいる。カズマが制作に励むミラノは、まさに未来派の発祥の地だ。カズマは、かつての未来派アーティストたちの「動き」、「時間」への取り組み方に共感を覚えると言う。「新未来派」??「新」が具体的に何を意味するのかについて:「そりゃ、一歩でも彼らより前に進んでいきたいからですよ。」
こういう作品がかかっていると、みるひとはかならずなにか一言いう。それが仮に、「なんだこれ・・!」であっても、カズマの作品はひとを攻撃的にはさせない。なんだかわからないが、全体をあたたかく包み込み、会話をうみだす。やさしく、慎ましく、ひょうひょうとわが道をいくつよさをかんじさせ、ほどよく背筋をピンと立たせてくれる。
未来派の機械主義のような冷たさや攻撃性は、カズマの作品にはない。カズマの性格ゆえなのだろうか。最近の作品になるほど、主題といい、作品に漂う雰囲気といい、「〜イズム」を昇華したカズマの個性がよりつよくでてくる。カズマ自身がこう語っている。「ふっと興味が呼び起こされるのが、アートでしょ・・?」
※ ファイル中の作品: (上)「躍動する宇宙(Dinamicita nello spazio)」 80 x 80 cm (下)「様変わり(Situazione Morfologica)」 120 x 100 cm
□ 未来派について
■ アートは挑発ではないよ
■ 未来派総括展/ローマ(展示会評)
■ ファシストはメカを愛した
■ Futurism
: Manifestos and Order Resources