1374年、フィレンツェをペストがおそったときの描写を、『ペスト(マルセル・シュウォッブ著/多田智満子訳/王国社)』から引用・・・
病は急性激烈であり、街頭で人々を襲った。眼は燃え血走り、声は枯れ、腹はふくれあがる。つぎに口と舌がひりひりする小さい水泡で覆われる。はげしい渇きにとりつかれる。何時間ものあいだ病人の体は乾いた咳にゆすぶられる。やがて関節という関節が硬直し、皮膚には横ねとも呼ばれる赤く腫れあがった斑点が散らばる。そして最後に、顔は白っぽくむくみ、斑点からは血がにじみ、口をラッパのように開けて死ぬのである。
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赤茶けた死骸が、雨季には雨が奔流となって流れる道路の真中あちこちに放置され、悪臭耐えがたく、身の毛もよだつ恐ろしさであった
(引用おわり)
ペストをよそおってひとをおどろかせる陽気者・・・
とうもろこし粉のつまった袋を手早く切り裂いた。その粉を顔になすりつけ、黄色とも白ともつかぬ色合になったところで、腕に短刀で傷をつけ、そこから血をとって、粉の上から不揃いな斑(まだら)の形に塗りつけた。
(引用おわり)
『ロビンソン・クルーソー』で有名なダニエル・デフォー(Daniel Defoe 1660-1731)が書いた『ロンドン・ペストの恐怖(栗本慎一郎訳/小学館)』という本を読んだことがあります。サラッと読める本でしかもけっこうおもしろく、疫病とはこんなものなのか・・・と、なんとなく分かったようなキブンに、、
ところが、SARS (新型肺炎)騒ぎがおこり、治療法がいまだにない疫病の危険にじっさいにさらされてみると・・・本で感じただけのような、そんなものじゃないですね。はじめてほんとうのこわさを垣間見たような気がします。
まず移動の自由が失われる。ヤバイところには行かないほうがいい。かりにじぶんがうごかなくても、ひとの移動にともなって、疫病神のほうから勝手にやって来ます。かといって、みながみな感染するわけでもない。デフォーなんかは、屍体がゴロゴロしている町をフラフラ歩いていたけれど、なんともなかった。なんなの、これって?
事故、みたいなもん?ジョルジョーネもロレンツェッティ兄弟もそうして運わるく逝ってしまったのでしょう。ボッカッチョ(Giovanni Boccaccio 1313-75)の『デカメロン(Decamerone 1348-53)』は、黒死病(ペスト)が1346−50年にヨーロッパじゅうを席巻したとき(当時1億といわれたヨーロッパ人口の25%が死んだ)、フィレンツェの田舎に難を逃れたひとたちのあいだで交わされたおはなし、という設定です。
アルベール・カミュ(Albert Camus 1913-60)の『ペスト(新潮社/宮崎嶺雄訳/原著 1947年)』はどっちかと言うとペストを小説の肴にしただけ、、?『ペスト』の一節から・・・
「・・・だが、いったい何かね、ペストなんて?つまりそれが人生ってもんで、それだけのことでさ。」
(引用おわり)
『ヘンリエッタの華麗な生涯(クリストファー・レン著/講談社/2001年)』から愉快な一節・・・
ヨーロッパでは愚かしい信仰心から、猫を悪魔の使いとして、拷問にかけたり火あぶりにしたりした。しかしそうやって大量に猫を虐殺した報いは、ネズミが媒介する黒死病(ペスト)としてやってきた。黒死病の流行で、ヨーロッパの人口はじつに3分の1が失われたのである。
コメディアンのカール・ライナーとメル・ブルックスは、史劇「ザ・トゥー・サウザンド・イヤー・オールド・マン」のなかで、この伝染病の流行について「猫が足りなくて、ネズミの大量発生に対処できなかったのさ」と総括している。
(引用おわり)
ペストで生き延びたひとたちは、しかし死んでいった家族や友人たちにたいする自責の念にさいなまれ、そこらじゅうで
「鞭打ち行進」
が発生(藤沢道郎著『物語 イタリアの歴史/作家ボッカチオの物語(中公新書)』から)・・・
一万にも及ぶ大群衆が、釘を打ち付けた棒に皮の鞭を結び付け、それで激しく自身や仲間の肉体を打ちながら、巡礼のように町から町へと行進を続けるのである。・・・・・先頭には十字架と松明を捧げた修道士が立ち、人々は皆顔をヴェールで隠し、上半身を露出し、腰から下は足首まで届く長いスカートに包み、「メア・クルパ、メア・クルパ、メア・マキシマ・クルパ(これ我が過ちなり、我がいと大いなる過ちなり)」と唱えつつ、肩や胸や背を血が出るまで鞭打った。
(引用おわり)
(2002.05.16.)(2002.07.07. 画像追加)(2003.05.01. 加筆)(2003.09.12. 加筆)(2005.04.17. 見回り)
※ デフォーの『ロンドン・ペスト』は、パペット・アニメ(人形アニメ)にもなってるみたいです。→『鬘(かつら)職人の日記(The Periwig-Maker)監督:ステファン・シェーフラー/1999年/15分』 なかなかショッキングな作品のようです。
※ 一日一万人(?)の犠牲者をだしたと言われるA.D. 6世紀のコンスタンティノープル(イスタンブール)のペストは、史上最大規模と言われています。
※ ペスト菌は、1894年、北里柴三郎とイェルサンによって発見された。蚤が宿主とするラトゥス・ラトゥス(クマネズミ)は十字軍とともに東方からヨーロッパに入り込んだとかんがえられている。
※ ファイル中の画像: ハンス・ホルバイン(Hans Holbein der Jungere 1497/98-1543)作『死の舞踏』(1538年/木版画)