石で作られたこんな巨大なお化けの彫刻が、大きな森のそこここに仕掛けられている。そこをさまよっているうちに、だんだんと感覚が麻痺してくる。じぶんはいったいどこにいるんだろう?巨大な亀やポセイドンが、ほんとうは生きていてうごいているんじゃないだろうか。振り返って確かめてみる。
うごいてるわけがない。すくなくとも、人間が見ているあいだは石像に徹っしているはずだ。しかしすこしでも人間の目がはなれると、あいつらは好き勝手にうごきだす。そうやって、人間がだれも公園に入って来ない夜、月明りのもとでやつらは数百年にわたって奇怪な宴を繰り広げてきた。
この「モンスター・パーク」はイタリア・ヴィテルボ近くのボマルツォというところにある。1550年代にオルシニ公が作った。ちょうどおなじころ、マントヴァのテ宮殿にラファエッロの弟子ジュリオ・ロマーノが「巨人の間」をえがいている。「モンスター・パーク」と「巨人の間」はひじょうにタイプが似ていて、ルネサンス後のマニエリスムと総称される時代のひとびとが、なにをどんなふうに楽しんでいたかを物語っている。
現代の「ディズニーランド」、ルネサンスのころの「モンスター・パーク」。人間は夢を見ずにはいられない。夢を見るためにはさまざまな工夫をする。
オルシニ公はここを「聖なる森」だと言ったが、そのうち人々は勝手に「モンスター・パーク」と呼びはじめた。オルシニ公が死ぬと、それから長いあいだ誰からも顧みられず、ときどきアーティストたちがスケッチを残したり、現代になってサルヴァドール・ダリが目を付けたりした。
いまとなってはなんのためにこんなものを作ったのか、だれも知る者はいない。若くして死んだ最愛の妻を弔うためだとか、タッソーの冒険物語りを具現化したものだとか、享楽のパーティーを開いて愉しむためだったとか、いろいろに憶測される。そのぜんぶが動機だったかもしれない。
しかしまた、オルシニ公はそんな憶測のすべてを吹き飛ばすような文句を「聖なる森」の入り口のスフィンクスに刻み込んでいる。「どこからどこまでがアートで、どこからどこまでがたんなるまやかしなのか、だれにもわからない。」
ボマルツォの森(The eighth wonder of the world by Gaither Stewart)
http://cyberitalian.com/html/gal_36.htm
(2002.03.13.)
※ ボマルツォ「聖なる森」:ヴィテルボの町から18キロメートル。駅はオルテ(Orte)だがここからもすこし距離がある。ローマからは約92キロメートル。ただボマルツォだけが目的なら、ローマからの観光コースにも入っている。
※ ボマルツォの「聖なる森」を作ったピエール・フランチェスコ・オルシーニ(通称ヴィチーノ)の妻はジュリア・ファルネーゼ。チェーザレ・ボルジアの父親、教皇アレッサンドロ6世の愛人だったのもジュリア・ファルネーゼ(通称ラ・ベッラ:1474-1524)。しかしこのふたりは別人。ラ・ベッラの法律上の夫がローマ貴族オルシーノ・オルシーニだったからなおさらややこしい。ちなみにロレンツォ・デ・メディチもオルシーニ家から妻(クラリーチェ)を迎えている。
■ マントヴァのテ宮殿『巨人の間』(ジュリオ・ロマーノ)
■ マニエリスムってなんや・・?
■ チェーザレ・ボルジアとレオナルド・ダ・ヴィンチ