キース・ヘリングとかジャン=ミシェル・バスキアとか、、
いまや保証書付きアーティストになってしまったけれど、、ジャン=ミシェル・バスキアやキース・ヘリングなんかも、もとはニューヨークの落書き野郎だった。
ジャン=ミシェル・バスキア
(Jean-Michel Basquiat 1960-88)
いくつかの作品
http://www.artseensoho.com/Art/SHAFRAZI/bas..
(ArtseenSoho)
ありし日のバスキア追想と作品(英語)
http://www.johnseed.com/basquiat.html
(Recollections of JMB by John Seed)
キース・ヘリング
(Keith Haring 1958-90)
デュビュッフェとかポロックに影響を受けた。
http://www.haring.com/
地下鉄の落書きって、みつかったらしょっぴかれるっていうリスクがあって、、他人の落書きのうえにじゃんじゃん描いて、、だれが描いたかわかるシンボルみたいのも描き込まれてたり、おたがいに対抗意識をもってたり・・・迫力あるぅ〜〜
落書きってなんなのか、あらためてかんがえてみる、、、
落書きをするのは公共の場、、ってことは、たくさんのひとの目にふれる。それと、、町そのものにアートするっていうダイナミズムがある。社会を直接挑発できるっていうのも、たぶんアーティストの心をくすぐる。。
でもこれって、ふつうのアートとかわらないじゃん、、、
「たくさんのひとにみてもらいたい」・・・これはどんなアーティストにも共通するねがい。公共の場所・・・地下鉄駅構内、電車、広場・・・まさに理想的な展示場。「キャンバスから飛び出したアート」・・・現代アートそのもの。
ところが、公共の場での落書きはフツウ厳禁。なぜなら落書きは「汚れ」だから。んっ、、?美しければ落書きしていいかというとそうでもない。許可とってないからかぁ、、だけど「落書きしていいですか?」ときかれて許可する官公庁があるはずはない。
でももしピカソが「落書きしていいですか?」と言ったら?
オ〜〜〜〜〜ケエエエエエ!!
でもナゼ?ピカソの落書きがほかのアーティストのより美しいから?まさか〜。超保証書付きのアーティストだからでしょ?とすると、落書き厳禁のワケは美醜とはカンケイないか、、、
落書きは英語で「グラフィティ」っていうけど、「グラフィティ」みたいなのは落書きだけじゃなくて、たとえばストリート・ミュージシャン、大道芸人、道端商なんかも、日常生活の「グラフィティ」っぽいよネ。
欧米でも日本でも、そういう「グラフィティ」はおおむね禁止か許可制で、でもヨーロッパなんかは比較的寛容にみてるとおもう。じっさいストリート・ミュージシャンとかはたくさんいるし、かれらは警察がくるといちおう逃げるけど、、ホント、心をなごませてくれる。
日本でも欧米でも、たぶん「グラフィティ」そのものに反対っていうんじゃなくて、過去のいきさつから「グラフィティ」ができないような法律ができあがっちゃってる、んだね、、きっと。
じゃあ、、「町の美化、タノシサ化」っていうふうにかんがえたら、、?
落書きを美しいとおもうかどうかは個人的センスのモンダイかもしれないけれど、、だけどぎゃくに個人的センスのモンダイなら、落書きがあったほうが楽しいとおもうひとだってたくさんいるかもしれない。
もし「好きなだけ落書きしていい」ってことになったら、、?いや、許可はムリにしても、あえて目をつぶるとしたら、、?
地下鉄駅構内、電車のボディー、公園、東京新都庁まわりの地下道、、
だけど、、「どうぞどうぞやってくださ〜い」なんてなったら、落書き野郎たちのヤル気はうせちゃうのかなぁ。いやもしかして、世界じゅうから落書き野郎たちがやってきたりするかも、、、
ローマ、キオストロ・デル・ブラマンテのヘリング展とバスキア展(イタ語 / ExibArt)・・・こういう展示会を日本でもやってほしぃ〜
http://www.exibart.com/notizia.asp?IDCAtegoria=61,,
http://www.exibart.com/notizia.asp?IDCAtegoria=61..
(2004.01.16.)
Photos by mashiro in Paris