Arshile Gorky 1904-48
ゴーキーはアルメニアに生まれ、1920年、アメリカに移り住みました。ゴーキーという名前は、アーシール・ゴーキーが崇拝していたロシアの文豪ゴーリキー(1868-1936)からとったもので、アメリカ移住後につかったようです(英語読みでゴーキー)。
「婚約 II (1947年)」 Whitney Museum of American Art, New York
アルメニアは2度にわたり、歴史に残るすさまじい『ホロコースト(=トルコによるアルメニア人大虐殺/1896 年/1915年)』を経験しています。ゴーキーの両親もそれぞれ最初の伴侶をこの大虐殺で失い、のちにはゴーキーの母親本人が犠牲となってしまいました。
ゴーキー作品
http://artscenecal.com/ArticlesFile/Archive/Arti.....
ゴーキーの絵は、よくみると、けっこうふくざつな描き方をしてる。。写真とかでゴーキーの作品をイメージするのとはぜんぜんちがう。ミロなんかともちがう。
現代アメリカ美術の巨匠中の巨匠ウィレム・デ・クーニングがゴーキーとひじょうに親しかった。そのデ・クーニングによると・・・「ゴーキーは、本当に直感的に絵画のすべてを知っていた。彼は私の精神的な先生だったんだ。(「つくり手たちとの時間(岩波書店)」より引用)」
"Charred Beloved I" / 1946 / Private Collection
画家としての評価があがりつつあったころ、ゴーキーはたてつづけにいくつもの不幸な出来事に襲われた。結腸癌の手術・・・事故によるきき腕の障害・・・アトリエの火事で作品を焼失・・ともだちだったロベルト・マッタ(Roberto Matta 1911-2002)とゴーキーの妻がねんごろに・・・
う〜ん、、すさまじい。そしてゴーキーは自殺、、
(2002.08.24.)(2005.09.01. 見回り)
『五つの画家の死』・・・ド・スタールとアーシール・ゴーキー(L'atelier de Tacano)
http://www.cityfujisawa.ne.jp/~taca/essay12.htm
(2005.10 - HPが消えてます。一時的?)