Jackson Pollock 1912-56 / Ed Harris 1950-
サルはどうやって二足歩行をはじめたんでしょうね?でもたぶん、ほとんどトツゼンのようにはじまった・・?
もちろん、ただナニ気なしにはじまることなんてなにもないです。どうすればいいのか知りた〜いという欲求とか・・すくなくとも「うぅ〜ん、ううん、、」みたいなフラストレーションとかがあってはじめて、つまらないことが役にたつことに気づいたり、つまらないことにこだわっていたのに気づいてふっきれたり、それが偉大な発明や進化になってく・・
とすると・・ポロックが筆でキャンバスをなぞるのをやめ、キャンバスにじかに絵の具をたらしたりぶちまけたり、形のくびきから完全に解き放たれたのも、おなじく『進化』ですね。やってみればどってことないし、ポロックでなくとも、そうしたい欲求をもっていた画家はたくさんいたとおもいます。でもじっさいにそれをやってのけたのはポロックでした。
ってなわけで、ポロックは1900年代のアメリカン・アートを代表するアーティストのひとりです。もちろんこの映画は見逃したくなかった。でもサブタイトルが「2人だけのアトリエ」とか「愛の奇蹟」なんですよねー。ポロックに愛の詩かよ〜、とかおもっちゃって、じつはたいして期待はしていなかったんです。サブタイトルつけたひともつけたひとですが、どうしてこんなサブタイトルになったかというと・・
ポロックのかみさんになったひとがやはりアーティストで、ポロックを評価し、ポロックに絵に専念させ、ポロックを売り出すために右に左にうごいてたんですね。それがなかったら、そもそもポロックはとっくにアル中で死んでいたかもしれないぐらいなことを、このかみさんはやってのけた。そういうすごい女性なんですが、そこいらへんからたぶんこのサブタイトルがでてきたんだとおもいます。
でもこの映画がよかったのは、なによりもアーティスト、ポロックをがっちりと正面からとらえて表現しているところです。田舎のアトリエで、かみさんの愛に支えられて芸術家として使命をまっとうしたみたいなのは(最期は半分自殺みたいな自動車事故死)、どっちかというとバックグラウンドのようにおもいます。
なにはともあれエド・ハリス演じるポロックが制作をしている姿は、見ドコロのひとつでした。たぶんエド・ハリスは絵心があるかじぶんでも描く?なかなか迫力がありました。でもちょっとリズムにのりすぎていて、じっさいはこんなじゃないよなぁ・・とかもおもったりしました。
ゴーキーやデ・クーニングのはなしがでてきたり、ポロックの絵がいっぺんに写し出される迫力ある場面があったり、そういったおもしろさもありました。いっぽうで・・アーティストは一商品、アートビジネスはほかの製造メーカーよろしくヒット商品を生み出す努力をしている・・みたいな現代アートの世界が、ポロックをじっさいにとり巻いていたひとたちの姿から、感じられたりしないでもありません。
ところで、ポロックの記事を『LIFE誌』が1949年に掲載しました。作品を背景にしたポロックの写真とかも。その雑誌が映画のなかで映し出されて、なにかビビビッと感じてしまいました。それで、いまいったいいくらぐらいでこの『LIFE誌』が手にはいるのか、そういうのに詳しいひとにきいてみたのです。おそらくかなりのプレミアがついているんだろうなとおもって・・。そしたらアメリカのオークション・サイトで開始値が15ドルぐらい。へへえ〜!
(2003.11.29.)
※ 『ミロとの対話(Ceci est la couleur de mes reves)』−ホアン・ミロ/ジョルジュ・ライヤール(美術公論社)より→「ポロックをどうお思いですか?」「出発点としては、とても良いと思います。しかし限られてしまっています。彼をとても尊敬しています。大好きです。しかし、あそこにとどまってはならないのです、彼自身それに気づいて自殺してしまいました。」
※ 映画原題: "Pollock" / 2000
■ 巨大竜にエサを与える(ポロックの例)
■ デ・クーニング/ボケとアート
■ ゴーキー
ミンチカさん 2003.11.28.
エド・ハリス。「スターリングラード」も彼でした。瞳のブルーがとってもきれいな男優さんですね。私ファンです。う、、、ん。ポロックのイメージではないような。
TOMさん 2003.11.29. (しつれいしてあざらしくんBBSから)
ポロックの絵のジャケットがあるOrnetto Coleman の「Free Jazz」のCD持ってます。創作中にかけると筆が踊ります。フランシス・ベイコンが「あれは汚れたカーテンだ」と批判し、て「そのとおりだよね〜」なんて思っていた反抗的なときもあったけれど、今では、計算しつくされた数学的な絵肌に敬服してます〜。