EKAKINOKI

ボルジアの部屋とピントゥリッキオ

Cesare Borgia 1475-1507
Bernardino Pinturicchio 1454?-1513

ヴァティカンの「ボルジアのアパルトメント」にあるピントゥリッキオの天井画・・・・・アレクサンデル6世(在位:1492-1503)は教皇に選出されるとすぐ、この部屋の装飾をピントゥリッキオに依頼した。もちろんアレクサンデル6世の息子、娘(トルコ人の衣装をまとったチェーザレ・ボルジアと妹ルクレツィア)もしっかり描き込まれてる。

・・・ これもアパルトメントのひとつ。ルクレツィアとチェーザレの・・・のののな雰囲気は、どこをさがしてもあまり感じないなぁ〜

→ ボルジア家の黄金の血

・・・ ピントゥリッキオの天井画。いま修復中のため、のぞき込むようにして撮りましたあ。

・・・ ボルジアの間は、なんとなくラファエッロからミケランジェロへの通路状態・・・でもこの一角には、見落としがたい現代ものも、あったりします。たとえば、ヴェラスケスをもじったフランシス・ベーコンの絵とか・・

このフレスコ画が描かれたのが、アレクサンデル6世が教皇に選出された年の1492年から、1494年にかけて。かなりバババッとやったってカンジ・・・

じっさい、、ピントゥリッキオの作品っていうより、ピントゥリッキオが総監督をした、いろんな画家の手がはいっている、なんて言われてます。でしょう〜、、?ピントゥリッキオにはそういう監督作品みたいのが多くない?

それにしても、アレクサンデル6世が教皇になるやすぐピントゥリッキオを指名するほどの魅力っていったいなんだったの?ピントゥリッキオって、そんなにいいか〜?装飾的な傾向がつよい、、みたいな印象もあるしぃ。同時代のほかのアーティストたちとくらべると、たしかに「華やかさ」はあるかな・・・ちょっとボッティチェッリの「華やかさ」に似てる?

ピントゥリッキオはペルジーノの工房にはいって、ペルジーノの共同作業者みたいな立場にもあったから、仕事をとってくる政治力のモンダイとかもあったろうなぁ、、なんてもおもってしまう。

 ※ 当時ペルジーノ(Perugino 1450?-1524)はイタリアじゅうで名を知られていました。ラファエッロの先生でもあります。

ピントゥリッキオというアーティストのアイデンティティーがいまひとつつかめな〜い。そこでローマのサンタ・マリア・デル・ポポロ教会でふと目についたピントゥリッキオ作品(わるくないよ)と、そのそばにあったピントゥリッキオ監督作品をべつにファイルにまとめてみました↓

→ ポポロ教会(ローマ)のピントゥリッキオ作品

(2004.02.24.)(2004.03.28. 加筆)

かんれんサイト

チェーザレとルクレツィアの部分がはっきりと写っている画像
http://www.vespito.net/mvm/borgia1.html
(Machiavelli Borgia/Antonio Gnoli)

ピントゥリッキオのボルジアの間
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/p/pintu..
(Web Gallery of Art)

かんれんファイル

■ チェーザレ・ボルジアとレオナルド・ダ・ヴィンチ

絵画 ロシア イタリア