EKAKINOKI

女性たちの筆あと

美術史にでてくる女性アーティストの数は極端にすくない。言うまでもなくこれは男中心の社会をたどってきた人類の歴史の当然の成果です。女性の巨匠がいたかいなかったかなんていう以前の問題で、そもそも女性は男とおなじような仕事に従事できなかったし、しようともおもわなかっただろうし、またかりにそれができる女性がいたとしても、それをまともに評価してくれるような社会は存在しなかった。

クリスタ・グレシンジャー著『女を描く(三元社 "Picturing Women in Late Medieval and Renaissance Art - Christa Grossinger") から引用・・・

多くの女の名前がギルド会員として名簿に記載され、画家や写本装飾師、写本筆写者として活動していたが、しかし彼女たちの作品を特定することはできない。多くの場合、彼女たちは職業芸術家の娘や妻であり、彼らの助手と同様に工房に属し、個人では自分の作品にサインしなかったからである。また、女は、男の後見人の立ち会いなくしては、作品依頼やいかなる種類の法的記録にもサインすることはできなかった。

(引用おわり)

グレシンジャー氏は例として・・・ヘンリー8世に気にいられたスザンナ・ホーレンバウト(1503-45?)、はじめて女性の自画像を描いたとされるカタリナ・ファン・メッセン(1527/28-87?)、アグネス・ファン・デン・ボッセ(1400年代後半)などをとりあげています。『女を描く』からもうすこし引用・・・

寡婦は、夫の死後も、夫の工房を維持することができたが、ただし依頼された作品が完成するまでか、あるいは他の芸術家と結婚するまで許されたにすぎない。芸術家の未亡人との結婚という道は、そうでもなければ工房をもてない若い職人たちに非常に好まれた。たとえばデューラーの師ヴォルゲムートは、その師であるプライデンヴルフの未亡人と結婚したのである。

(引用おわり)

美術史に「女性の巨匠」がでてこないのは、こうした女性蔑視、宗教の仮面をかぶった男中心の社会構造がまかり通っていたからにほかなりません。

いにしえの時代にも、画家の家に生まれれば赤ん坊のときから美術家業に接っしたわけで、工房での共同作業が主だった時代に、彼女たちはごく自然に家業を手伝っていたはずです。あるいは「女性の弟子」というのもいましたし、死後の作品の管理を女性の弟子に任せたとかいう例もあります。

そういう女性達のなかにことさら才能に恵まれたひとたちがいたってしごくあたりまえです。ところが女性蔑視という社会の偏見が女性美術家の活躍を阻んだ。そればかりではなく、彼女たち自身がそういう男社会の論理に対して従順であった、というのもまたひとつの理由だとおもいます。

「肖像画、静物画OK、、祭壇画、裸体写生NO」、、たとえばこれが、いにしえの女性アーティストたちが置かれた立場でした。名前はとり沙汰されないけれども、わたしたちが見ている作品のなかには、こうした「女性たちの筆あと」がけっこうあるわけです。

イタリアの雑誌「Letture」2005年3月号「女性だからというのはもういい。語るに値するアーティストについて語りたい(意訳)−」という記事で、ステファノ・ズッフィは、近年とみに盛んになってきた女性アーティストに関する野心的な著作、企画展、映画などを多数引用し、アートの世界において女性がどのような立場に置かれてきたかを歴史的に語っています。

引用された著作や展示会のほとんどは1900年代後半以降のもので、これはまさに女性運動の高揚にともなっている。この事実こそが、女性アーティストを取り巻く状況をなによりも雄弁に物語っているのではないか?ゴシップ的な好奇心からではなく、女性アーティストに男性アーティストに対するのとおなじような公平な目が向けられはじめ、公平な評価がなされ、そしてそれが女性アーティストにとって刺激となり目標となりしていく・・・

もちろん、ズッフィのタイトルにあるように「女性だからというのでとりあげるのはもういいよ。男だろうと女だろうと、語るに値するアートについて話をしようよ。」というほど、女性アーティストに対する男どもの偏見が一新されたとはおもいません。そうなってほしいとはおもいますが、その他もろもろの専門職の女性に対して「だれかほかに男のひとはいないの?」なんて失礼なことを言うひとは今のイタリアにだってまだいます。かろうじて・・・女性のダ・ヴィンチが、ピカソが生まれ得ることに反対できない素地ができたってとこでしょうか?

かんれんファイル

つぎの4人は1500年代〜1600年代にかけてイタリアで活躍した女性画家です。一番最初のアングイッソラを除いては著明画家の娘。

■ ソフォニスバ・アングイッソラ
Sofonisba Anguissola 1532-1625
■ ラヴィーニア・フォンターナ
Lavinia Fontana 1552-1614
■ アルテミジア・ジェンティレスキ
Artemisia Gentileschi 1593-1652
■ エリザベッタ・シラーニ
Elisabetta Sirani 1638-1665

かんれんサイト

Women Artists in History
http://www.wendy.com/women/artists.html#15
中世から現代にいたる女性アーティストについて:多様な具体例へのリンクがついています。(英語)

National Museum of Women in the Arts
http://www.nmwa.org/
シラーニとフォンターナの作品をみることができます。(英語)

Mystudios.com
http://www.mystudios.com/women/women.html
女性アーティストに焦点をあてたページ。(30人ほど−2000.11.20.現在)(英語)

NON PARLIAMO DI DONNE MA DI VERE ARTISTE di Stefano Zuffi
http://www.stpauls.it/letture/0503let/0503le08.htm
ステファノ・ズッフィ評(イタリア語)・・・引用されている写真をみてみるだけでもおもしろいです。たとえば・・・

ディエゴ・リベーラの妻フリーダ・カーロ(Frida Kahlo 1907-1954)、ロダンの愛人カミーユ・クロデル(Camille Claudel 1864-1943)、マリー・アントワネットお気に入りの肖像画家エリザベス・ヴィジェ・ルブラン(Elisabeth Vigee Lebrun 1755-1842)、ミケランジェロが生きてた時代のスフォニスバ・アングイッソーラ(Sofonisba Anguissola 1532-1625)、ドイツ系シュールリアリストのメレ・オッペンハイム(Meret Oppenheim 1913-1985)、アール・デコのタマラ・ド・レンピッカ(Tamara de Lempicka 1898-1980)、イタリア・バロック時代のエリザベッタ・シラーニ(Elisabetta Sirani 1638-65)、ボローニャ大卒ラヴィーニャ・フォンタナ(Lavinia Fontana 1552-1614)、ユトリロの母親にしてロートレックの愛人シュザンヌ・バラドン(Suzanne Valadon 1865-1938)、ジョージア・オキーフ(Georgia O’Keeffe 1887-1986)、ヴェネツィア派ロザルバ・カリエーラ(Rosalba Carriera 1675-1757)、アメリカの印象画派メアリー・カサット(Mary Cassatt 1845-1926)、カラヴァッジョ派の父をもつアルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Gentileschi)・・・

Selene Edizioni - L'altra meta dell'Arte
http://www.edizioniselene.it/web/collane/index.php?collana=1
女性アーティストをとりあげた出版物。(イタリア語)

(2001.10.07 点検)(2002.09.03. 見直し)(2003.01.10. 点検)(2005.07.18. 加筆) (2006.01.12. 加筆)

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