いきなり「ルネサンスは・・・」とはじめるのではなく、、ヴェネツィアはヴェネツィア、フィレンツェはフィレンツェ、ミラノはミラノ、ローマはローマと、、それぞれの地方でどのようなアートがはぐくまれていたか、、それをまずかんがえたほうがよくない?
Photo courtesy of mashiro
「そなめんどくさい」?だけどそうじゃないと、、「フィレンツェがルネサンスの本家本元」で、あとはプラスアルファか周辺地域みたくなっちゃう。ところがヴェネツィアにはフィレンツェとはまったくちがうヴェネツィアの伝統と考え方があったしアートもまたそのなかで育まれた。ミラノしかり。当のフィレンツェにしったってそうなんだよ。
国がちがったって、おなじイタリア半島のなかでお互いに交流はあったし影響もあたえ合っていた。だから共通項だってもちろんある。
だけど、ヴェネツィアの美術家は、まずヴェネツィアというコンテキスト(文脈)のなかでつかんだほうがかれらの姿がイキイキしてくるし、、それからだとおもう、、「ルネサンスは・・」ってやるのは。
ヴェネツィア・ルネサンスの代表的な美術家たち・・・
マザッチョ(1401-28)
ドメニコ・ヴェネツィアーノ(1410-1461)
ベッリーニ(1430-1516)
カルパッチョ(1465-1525)
ジョルジョーネ(1477-1510)
ティツィアーノ(1490-1576)
ティントレット(1519-94)
ヴェロネーゼ(1528-88)
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ボッティチェッリなどは、フィレンツェの美術家。
なぜか、、ヴェネツィア派は色彩に目を奪われ、フィレンツェ派はデッサン(モノの形)により注意がいってた。そういう見解の相違から、1546年にはヴェネツィアの巨頭ティツィアーノとフィレンツェの巨頭ミケランジェロがローマで出会って大喧嘩をしてる。「喧嘩すんなよ、そんなことで」だけど、アート命のひとたちにとってはそのぐらい譲れない一線だったんだね。
ヴェネツィア共和国は海を支配して1000年の栄華をたもったわけだから、ヨーロッパ以外のいろんな国とも交流があったし、いろんなものを見てきた。たぶんヴェネツィア人はエエカッコシイなんだよ。「みてくれ命」っていうか、、
それにくらべてフィレンツェは内陸国で、シエナとかピザとか周辺の国としょっちゅうドンパチやってた。だからどちらかというと質実剛健。アートに関していえば、職人的な伝統がより強かった。
たぶんそこらへんが、ヴェネツィアの色とフィレンツェのデッサンという、「美」への入り方のチガイに反映してるんじゃないかなぁ、、
(2002.08.16. 見直し)(2003.01.03. 点検)(2004.12.16. 見回り)(2005.06.01. 見回り)
■ いまもあるあるイタリア都市国家文化