EKAKINOKI

ロマンチックなロマンチスト

フランチェスコ・ハイエ
Francesco Hayez 1791-1882

Francesco Hayez左作品・・・あまりにリアル?ぎょうぎょうしい?メロドラマ?フランチェスコ・ハイエは、有名なわりには、いまではあまり会話にでてこなくなったってカンジ。ハイエの同時代人がオペラ作曲家のヴェルディ(1813-1901:「アイーダ」など)。この作品中の衣装も、ヴェルディのオペラなどをモチーフにしています。

ロマン主義が一世を風靡していた時代・・・フランス革命、アメリカ独立戦争・・・自由奔放で感性に溢れる表現へのあこがれ。バイロン(1788-1824)がギリシャ独立戦争に参加して戦死、、、北の地ロシアでは大詩人プーシキン(1799-1837)がその死を嘆いて詩を書いています。

「ところでこの絵、ロマンチック?」
「ロマンチックにきまってるじゃん。。」
「この絵を描いたハイエはロマンチスト?」

巷(ちまた)では、「イタリア人=ロマンチスト」で通っています。イタリア人以外の男性は・・「じゃあオレはロマンチストじゃない?」とふくれっつら〜。相対的なモンダイですよね。ロマンチックでない人なんていない。

Francesco Hayezイタリア人のロマンチズムと支えているのは強烈なオプティミズム(楽観主義)です。だから夢を見続けていられる。

だけどさ、、もしイタリア人がロマンチストだとしたら、、ロマンチストにロマンチックな絵がかける?ロマンチストになりたいなんていうロマンチスト、いるわけないよね。ロマンチストに憧れるから、、ロマンチックな絵がかける、、理屈ではそうなる。

そもそも、18〜19世紀のロマン主義は、イギリス人をはじめとするアングロ・サクソンの文化から生まれたはず。。『難破船』をかいたジェリコー(Jean Louis Theodore Gericault 1791-1824)、ターナー(Joseph Mallord William Turner 1775-1851)、ドラクロワ(Eugene Delacroix 1798-1863)、、、(フランス人もはいってるけど気にしない〜)

しかしハイエの絵から受ける印象は、ジェリコーやドラクロワのようなロマン主義から受ける印象とはちょっとちがうような気がする。「ロマンチストはリアリスト」っていうじゃな〜い!せめて「イタリア・ロマン主義」ぐらいじゃダメ〜〜?

(2001.04.04. 加筆)(2002.08.29. 見直し)(2004.03.22. 画像追加)(2004.12.10. 見回り)

ターナー作品
http://www.ibiblio.org/wm/paint/auth/turner/

ドラクロワ作品
http://www.ibiblio.org/wm/paint/auth/delacroix/

※ ハイエはヴェネツィアに生まれ、ヴェネツィアで教育を受けました。若い頃ローマに滞在。ミラノは1820年から。ブレーラ・アカデミーの学長もやってた。ロスミーニ、マンツォーニ(小説家)、ロッシーニ(1792-1862:オペラ作曲家・セヴィリアの理髪師など)などがおともだち。

※ ファイル中の画像: (上)  『接吻(1859年)』 Pinacoteca di Burera, Milano (下:拡大画像つき) 『マグダラのマリア』 Pinacoteca di Ambrosiana, Milano

かんれんファイル

■ ジュセッペ・ヴェルディ没後100年祭展示会

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