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アルブレヒト・デューラー

Albrecht Durer(1471-1528)

Albrecht Durerデューラーはドイツ・ニュルンベルクのひと。デューラーにまつわるお噺・・

子沢山の貧しい鍛冶屋に育ったアルベレヒト・デューラーは、あるとき兄弟のひとりと賭けをします。賭けに勝ったほうが美術アカデミーに行って絵の勉強をするかわりに、もう一方のひとりは炭坑に働きに出て経済的にそれを支える。4年たったら交代する。

なかなか考えたもんだ!どっちもウダツがあがらないまま一生を終えるより、たしかに効率的。結局デューラーは賭けに勝って、それから4年のあいだにすばらしい成果をおさめました。

約束通り、今度はデューラーが経済的に弟(?)を支える番です。ところが弟アルバートの手は、もはや絵筆をにぎることもできないほどボロボロになってしまっていた、という悲劇的なオチつき。

その弟が祈りを捧げる手を、デューラーが描いたものが『祈りの手』だと言われています。下のリンク先ファイルは、『祈りの手』のおはなしも含めて、デューラーについての説明があります(日本語)。

http://www.ne.jp/asahi/inlet/jomonjin/durer.html

おはなしそのものは・・もちろんそれに準じた事実があったのかもしれませんが、あまりにも美化されているというか、『道徳』くさいですね。「キミのほうが才能があるから(ボクが働きに出る)」とか・・そんな現代的な解釈がなされているヴァージョンさえあります。

デューラー作品(Web Museum, Paris)
http://www.ibiblio.org/wm/paint/auth/durer/

Albrecht Durerところでデューラーというニンゲンに対しては、まったくべつのイメージ(偏見?)が頭にこびりついています。

デューラーは『男前』で、どこか人々が思い描く『イエス』のイメージに似ていて、自分の風貌に、ものすごく優越感をもっていたという伝承があるのです。そう言えばこの自画像を見ていても、ミラノのドゥオーモあたりにたむろしていた1960年代のヒッピーとあまりかわらないようなかんじでしょ?!

・・・まあどうでもいいことかもしれませんが、それでデューラーというと・・なんとなく『いやらしいくらい自信過剰なプレイボーイ』みたいなイメージがついて離れません。

それにしてもデューラーほどのアーティストでも、あの当時版画に専念していたひとたちが描いた油彩画を見ていると、どうしてああいうふうにクシャクシャッとした絵を描くの?ニンゲンがまるでスピルバーグのETみたいで、小っちゃくかたまっているというか・・風景はこういうふうみたいなカノン(きまりごと)に縛られているというか・・

オマケ

グラフィック作品のコピー(複製)に卓越したある画家のはなしでは「グラフィックに関しては、すべてが可能・・・紙(当時の紙か相当のもの)さえ手に入ればデューラーの完璧なコピーも例外ではない。」さらにサインまで入れてしまうとハンザイにつながる可能性もあるね。

(2002.10.06.)(2003.09.04. 点検)

※ デューラーがイタリアに行ったのは、『1494-95年』と『1505-07年』の2回。そのとき、ジョヴァンニ・ベッリーニ(Giovanni Bellini 1433?-1516?)、レオナルド・ダ・ヴィンチなどとも会っていると言われています。

※ ファイル中の画像: 「デューラーの自画像」 1500年/板・油彩/67 x 49 cm/ Alte Pinakothek, Munchen

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