EKAKINOKI

華麗なる激情(ミケランジェロだよ〜)

The Agony and The Ecstasy(1964年/米)
監督:キャロル・リード(Carol Reed)

『華麗なる激情』・・すっごい邦題ですね。ただの『ミケランジェロ』でいいんじゃないの?

鼻にかかった発音でルネサンス人の名前が呼ばれても、教皇のスピーチがアメリカ訛りのラテン語でも、ミケランジェロがマイケルジャクソンばりにマイケランジェロでも、いつものことだから許してあげる。でも・・・

チャールトン・ヘストン(Charlton Heston)は完全なミス・キャスティングだった。『ベン・ハー(1959)』や『十戒(1956)』のような古代ものならチャールトン・ヘストンはすばらしいし、時代もアメリカに一脈通じるところがあるかもしれない。

しかしルネサンス時代のように、人間関係が込み入っていて繊細な解釈が要求されるテーマに、アメリカ流の理想主義やストレートな解釈では、どうしたって間が抜けた映画にしかならない。ミケランジェロにしたって、あれじゃ画家ベン・ハーだ。

レックス・ハリソン(Rex Harrison)が演じたユリウス2世だけがひかっていた。ところで・・・

Photo courtesy of Michael Reed

ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の天井にへばりついて仕事をしていたのはいつのこと?

1508〜1512年(ミケランジェロ37才)。ミケランジェロを重用したユリウス2世(在位:1503-13)は翌年の1513年に逝去し、そのあと教皇になるのがメディチ家のレオ10世(在位:1513-21/ロレンツォ・イル・マニフィコの息子)。

レオ10世は、幼なじみのミケランジェロよりラファエッロを重用したため、ミケランジェロはもっぱらフィレンツェで仕事をすることになる。のちの教皇で、メディチ家出身のクレメンス7世(在位:1523-34/パッツィ家に暗殺されたジュリアーノの息子)が、1534年に『最後の審判』をミケランジェロに依頼している。

チェーザレ・ボルジアのおやじが教皇をやっていたのはそのあとのこと?それともその前?

チェーザレ・ボルジアのおやじアレクサンドル6世の教皇在位は1492〜1503年。チェーザレ・ボルジアは1507年に死んでいる。だから、そのあとの出来事。

フランスと神聖ローマ帝国が攻めてきたってどういうこと?

1400年代の後半から、イタリアは頻繁にフランス、神聖ローマ帝国の勢力争いのえじきになっている(イタリア戦争)。ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂で描いていたころのフランス国王はルイ12世(在位:1498-1515)で、ミラノ・スフォルツァ家のイル・モーロを1499年におとしている。

このとき、イル・モーロのところで働いていたのが、レオナルド・ダ・ヴィンチと映画にも登場する建築家ブラマンテ。ミラノが陥落すると、ブラマンテはローマに、レオナルド・ダ・ヴィンチはフィレンツェに逃れた。レオナルド・ダ・ヴィンチは、ミケランジェロとともに大議事堂(パラッツォ・ヴェッキオ内)の壁画制作を依頼される。

レオナルド・ダ・ヴィンチは技法上の問題から、ミケランジェロは1505年、教皇ユリウス2世にローマへ招聘されたので、この両巨匠による壁画は未完に終わった。

映画のなかでラファエッロが描いていた絵はいまもあるの?

ヴァチカンにいまもあるよ。ラファエッロは、レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロを作品のなかに描き込んでいます。

BBSより

真白さん 2002.12.16.

BSで見逃したミケランジェロの映画、遅ればせながらスカパーで観ました。人生を描いてるんじゃなくて一部分でしたね。あのあとも波乱万丈なのに。(笑)

かんれんファイル

■ レオ10世/クレメンス7世
■ スフォルツァ家のイル・モーロ
■ ブラマンテ
■ チェーザレ・ボルジアとレオナルド・ダ・ヴィンチ
■ 「戦争と平和」のルネサンス
■ ラファエッロ

ミケランジェロかんれんファイル

◎ ミケランジェロをバサッ、なんてできっこない。
◎ ミケランジェロの年譜つくってみました〜
◎ 華麗なる激情(映画)
◎ おすすめミケランジェロかんれん本
◎ ドナテッロのイロケとミケランジェロのイロケ
◎ 壁画制作を共同依頼されたダ・ヴィンチとミケランジェロ

かんれんサイト

レックス・ハリスン(Rex Harrison:1908〜1990):『マイ・フェア・レディ(1964)』『ドリトル先生不思議な旅(1967)』(下はレックス・ハリソンの履歴書写真と作品一覧)
http://www.fmstar.com/movie/r/r0153.html

(2002.09.29.)

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