Giotto di Bondone 1267-1337
Duccio di Buoninsegna 1260-1318
ジョットやドゥッチョあたりからルネサンスの花が芽ぶきはじめるとふつうかんがえられていますが、このふたりはどんなふうにチガウとおもいますか?ドゥッチョのほうが7つぐらい歳がうえなのですね。
ジョットはイタリア絵画の父、な〜んて呼ばれてます。じゃドゥッチョはイタリア絵画の継父(ままちち)かっ?ってなとこ。ジョットはフィレンツェ人ですが、このひとはアッシジだパドヴァだ、ナポリだミラノだ・・と、あっちゃこっちゃで仕事をしています。いっぽうのドゥッチョはシエナ人で、できるだけ移動しないでおごそかにやすらかにシエナで制作に精魂を注いでいたひと。ここらへんにも、、性格とか、画家としての運命のちがいとかが、あるようにおもいます。
左: ジョット(San Francesco, Assisi)、右: ドゥッチョ(Museo dell'Opera del Duomo, Siena)
むかしの板絵などをみていると、「あっ、ドゥッチョかな?」とか「ジョット・・?」とかいうのがときどきあって、、でもじっさいはジョットでもドゥッチョでもなくて、その影響を受けた画家の作品ってのが大半なんですが、、それだけこのふたりはおおきな影響を与えていたということですね。
ダンテ(1265-1321)は『神曲』のなかでジョットをべた誉めにしてますね。ダンテが文章語と口語のみぞを埋めたように、ジョットはヴィジュアル・アートで、だれにでもわかるような表現をしました。
現代の彫刻家ジャコメッティ(1901-1966)がパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂にあるジョットの絵に感銘を受けたのも、たぶん・・・じぶんが生きている時代の感性を作品にとりいれることに躊躇しなかったジョットのおもいきりのよさ、だったんじゃないかなんて・・・勝手に想像したりします。
で、、ドゥッチョはどうかというと、それまでのビザンチン美学をけっこう温存しているのです。しかしそのなかで、彼なりの新しい表現がムクムクとうごめいている。ドゥッチョ作品のそういうギャップは現代のわたしたちにはかえって新鮮かもしれません。ポップ・アートっぽくも、みえたりして!
左の絵(拡大画像つき)は1335(-37)年ごろの作品ですが、どっち系だとおもいますか?
ベルナルド・ダッディ・・・ヴァティカン美術館で見たことがあるわ。ダッディの先生はたぶん、、ジョットよ(←はっきりわかっていない)。
ベルナルド・ダッディの作品(Web Gallery of Art)
Bernardo Daddi 1280?-1348
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/d/da..
これなんかもダッディなんですけど(→→)、、わたしは一瞬、ドゥッチョ系かなって・・・うりざね顔からして。
ふふ、、そういうふうに見ると、みんなうりざね顔にみえちゃうかもネ。でもどちらの作品にも、ジョットが描いたようなふくよかで優しい表情がでてるう、っておもいます。。
ジョットやドゥッチョのながれをくむ画家には、ほかにどんなひとがいますか?
いまでたダッディのほかにも、タッデオ・ガッディはじっさいにジョットの工房で働いていました。ガッディの息子アニョロもすぐれもの。ダッディガッディ・・ははは・・フィレンツェではかれらの作品をよくみかけます。
ガッディ父子の作品(Web Gallery of Art)
Taddeo Gaddi 1300?-1366
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/g/gad..
ロレンツェッティ兄弟やシモーネ・マルティーニ(Simone Martini / 1284?-1344)とかはドゥッチョ系。というより、、シエナ人だからとーぜんドゥッチョから出発した。でもみんなジョットには注目してました。
ロレンツェッティ兄弟のうち、弟アンブロージョはフィレンツェに10年ぐらいいて、ジョットとも親密だったワ。ロレンツェッティ兄弟はふたりとも、1348年にシエナを襲ったペストで死んじゃったのね。道すがらにみんな、バタン、、バタン・・・・・でも兄弟ともに逝っちゃうなんて、ひさ〜ん、、
ロレンツェッティ兄弟の作品(Web Gallery of Art)
Pietro Lorenzetti 1280?-1348
Ambrogio Lorenzetti (?? 1319-1348)
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/l/lore..
上はアンブロージョ・ロレンツェッティ作「Effetti del Buon Governo in citta e nel contado(1337-40)」部分 Palazzo Pubblico, Siena
シモーネ・マルティーニと詩人ペトラルカ(1304-74)は、ちょうどジョットとダンテがそうだったみたいに、おたがいに感化し合っていたあいだがら。マルティーニは、ナポリ、ピザ、アヴィニョンの教皇庁(←教皇のバビロン捕囚)などあっちこっちで仕事をして、国際親善(♪)につとめてましたよ〜。
(2004.03.23.)
ジョットの作品(Web Gallery of Art)
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/g/giotto/
ドゥッチョの作品(Web Gallery of Art)
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/d/duccio...
■ 現代アートと古典のちがい:ジョットの例
■ サンタ・クローチェ教会(フィレンツェ)のジョット(Photos)
■ 〜近郊生まれってどういうイミ?(ジョットの例)
■ ジョットとドゥッチョのながれ
■ 目で見るシエナ派の画家たち