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カラッチとボローニャ派とバロック

ルネサンスのあとにつづくマニエリスム、、そのあと、、1500年代後半、ぐぁ〜んと力をつけていたのがボローニャを中心とした一派・・・・・カラッチ兄弟、そしてそれにつづくグイード・レーニ、ドメニキーノらです。「ボローニャ派」と称され、バロックが、ここらへんからはじまっているのを感じさせます。

なかでもアンニーバレ・カラッチは、従兄のロドヴィーコ(Lodovico Carracci 1555-1619)、兄のアゴスティーノ(Agostino Carracci 1557-1602)とともにボローニャ派の中核をなしていました。かれらはもちろんローマにも呼ばれてさかんに仕事をしています。(パラッツォ・ファルネーゼなど・・)

※ 上作品(拡大画像つき):ロドヴィーゴ・カラッチ作「聖家族」/カピトリーニ美術館(ローマ)

カラッチ・ブラザーズ作品(Web Gallery of Art)
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/c/carr..

画風はいたって鮮明、平明、庶民的、、、軽やかさのなかにも調和があって、マニエリスムのような強引なひっぱりはありません。ボローニャ派はカラッチのあと、ロドヴィーコについていたグイード・レーニが牽引していきます。

ところで、ローマでもヴェネツィアでもフィレンツェでもない、ボローニャでは・・・ボローニャはもともと庶民性が強い土地柄ですが(近年にいたっては左翼!)、だからか女性画家の活躍も目につきます。たとえばラヴィーニア・フォンターナ(Lavinia Fontana 1552-1614)・・・

ラヴィーニア・フォンターナ作品
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/f/fonta..

左はラヴィーニア・フォンターナの作品部分ですが、とても女性のものとはおもえない力強い筆致です。ボローニャ派の特徴もはっきりとでている。

ラヴィーニア・フォンターナはカラッチらボローニャ派の輪のなかにいた父プロスペロ・フォンターナから絵を学び、祭壇画(1823年焼失)までまかされていたというからスゴイ。当時、祭壇画は男の領分でとても女がはいっていけるようなフンイキではなかった。

そればかりではなくラヴィーニア・フォンターナはボローニャ大学(ヨーロッパ最古の大学と言われる)で教育を受けている。当時の女性教育がそこまでいっていたろいうのもちょっと驚きだけれど、それもこれも、ボローニャという土地柄を象徴しているのかもしれない。

そのほかにもグイード・レーニのころには、女性画家エリザベッタ・シラーニもいます。

かんれんファイル

■ グイード・レーニにふれているファイル
■ 女性たちの筆あと
■ エリザベッタ・シラーニ

かんれんサイト

National Museum of Women in the Arts
http://www.nmwa.org/
シラーニとフォンターナの作品をみることができます。(英語)

(2001.10.07 点検)(2002.09.03. 見直し)(2004.02.25. カラッチの画像追加)(2004.11.17. ファイル名変更)

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