Antonio Allegri detto Correggio 1489?-1534
Parmigianino 1503-40
コレッジョの作品には・・・ルネサンスもある、マニエリスムもある、バロックもある!カラヴァッジョがコレッジョの光線のつかい方にひらめいたとかも言われているし、いっぽうで、やがては戦乱にかき消されるつかの間の甘美さが感じられないこともない・・・
しかしそれらがどんさか山盛りなのではなく、ぜんぶひっくるめてコレッジョ・ブランドになっている。フシギなひとだ・・・
コレッジョは、世代的にミケランジェロやティツィアーノらとほぼおなじだから、ルネサンス時代のほぼ中心にいたひと。
だけど、ほかのアーティストたちが、去年はフィレンツェ、今年はローマ、来年はフランスと、あっちへこっちへ移動して仕事をしていたのとくらべると、コレッジョはほとんどパルマどっぷりだった。
なら、よけいにフシギだ。世間は教会批判と戦乱に揺すぶられ、ルネサンス時代のすべての神話が崩れ落ちるかもしれなかった。そんななかから、ミケランジェロやレオナルド・ダ・ヴィンチが築いた世界を突き崩していったのがマニエリスムのアーティストたちだ。
パルマどっぷりだったコレッジョのどこから、、ルネサンスの一歩先へいこうとするエネルギーが沸いてきたのだろう、、、?!
コレッジョ作品(Web Gallery of Art)
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/c/corre..
コレッジョの弟子にパルミジャニーノがいる。あの首長の女性を描いたアーティスト、そしてマニエリスムの代表選手。
パルミジャニーノはコレッジョと同郷だけれど、こちらは各地を転々・・・1524年からローマ、1527年、外国の軍隊によるローマ簒奪でボローニャへ、1531年、再びパルマ。晩年、錬金術にはまって気が狂ったのは有名なはなし。
パルミジャニーノ作品(Web Gallery of Art)
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/p/pa..
(2001.07.18.)(2002.03.20. 見直し)(2002.08.27. 見直し)(2004.11.18. 見回り)
※ ファイル中の画像: 1531 / Kunsthistorisches Museum, Wien