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ルネサンス二次会のやり手ティントレット

Jacopo Robusti Tintretto 1519-94 Venezia

ティントレットは、完成度の高いルネサンスの画風から一歩踏み出している。ティントレットの作品には、かなりビジュアルな『うごき』がある。それは・・ティントレットに影響を受けたエル・グレコ(1541-1614)の『変型・変成=デフォルメ』とはどこかちがう。そういう『デフォルメ』はあえてオモテに出さず、見るひとになにかがうごめき出しそうな『予感』を与える・・そういう『永遠の新鮮さ』があるのかもしれない。

ティントレット作品
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/t/tinto..

Tintorettoティントレットに惹かれるひとは多い。そして、そこから離れていくひともまた同様に多い。・・彫刻家ジャコメッティ(1901-1966)はティントレットに心酔していたが、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂でジョット(1267-1337)のフレスコ画に出会ってからは、ティントレット作品に『わざとらしい』という表現をつかうようになった。

ティントレットは1519年生まれ。本名ヤコポ・ロブスティ。父親が染め職人(ティントーレ)だったことからティントレットの名で呼ばれる。

ティツィアーノ(1488/90-1576)の弟子。おそらく制作スタイルのちがいから(いや、ほんとうは気性のちがいなんだろう・・)、ティントレットはあとさきのことを考えないまま、ティツィアーノの工房をとびだしている。

それでもなんとか、1539年には自身の工房を設立した。ティントレット、若干20歳。結婚したのが、1553年、34才のとき。3人の男児と5人の女児をもうけた。総計8人で、ティントレットも加わって野球をしていた、なんてことはない(スミマセン)!

ティントレットは商売人だったとか、作品の売り込み方がきたなかったとか、いろいろに言われる。けれど、働かなきゃならなかったワケ。たくさん生めば児童手当てがでるなんてことは、当時はなかった。(女の子も含めてみんな工房を手伝っていたみたいだけど。)

Tintorettoティントレットは『マニエリスム』と位置づけられる。しかしティントレットの作品にはヴェネツィア・ルネサンスの影響が濃厚で、フィレンツェ派のマニエリスム画家、ポントルモ、ロッソ・フィオレンティーノ、パルミジャニーノらと比較してみるとそのちがいは明らかだ。

ところで、アメリカ・ペンシルヴェニアの片田舎にあるイエズス会センターで1998年、ティントレットの『ラザロの蘇生(数日前に病死したラザロを、キリストが墓のなかから蘇らせる話。)(100 x 150 cm)』が偶然に見つかった。

ほんとはずっとそこにあったのだけど(1930年〜)、気付かなかっただけ。(現在、同じ町の『リーディング美術館 Reading Public Museum and Art Gallery 』に展示されている。)『ラザロの蘇生』騒ぎがあったイエズス会センターを訪ねてきたジャーナリストに、イエズス会士がこんなことを喋っている。

(以下引用)

「ティントレットを見に来たんだろ。」不精髭をはやし、ステッキに身をもたせかけた神父がおもむろに話しかけてきた。「キリストは腐った肉の匂いに退散したと聖書には書いてあるんだ。死の光景におったまげたんだよ、キリストは。

聖書がなにを暗示しているかというとね、『キリスト自身の死』と、それにつづく『死を超越するキリストのかがやかしい勝利』なんだ。それなのにだよ・・なんだいあれは(ティントレットの作品)・・。

白くて甘いラザロかい?!あれじゃあまるで映画スターが裸になって白い布テープで覆われてるみたいだ。ちがうちがう。ティントレットはひどい勘違いをしている。(The )

(引用おわり: New York Times 2000/07/23 "A Tintoretto Reappears in Rural Pennsylvania by Ken Shulman")

(2000.11.18.)(2001.10.01. 点検)(2002.09.02. 見直し)

※ ティントレットの娘マリエッタ(1556-90)はとても若くして亡くなりましたが、父親の工房で働いていました。

※ ファイル中の画像: (上)「Ultima Cena(最期の晩さん)」部分 1592-1594 画布 San Giorgio Maggiore (下) 「自画像」(部分)1588年。(ルーブル美術館)

※ 見てみたい作品(ヴェネツィア) ・・・ Gallerie dell'Accademia:『Miracolo dello Schiavo(1548)』: この作品でティントレットはまず名声をなしたことが、当時のこの作品を賞賛した手紙からうかがえる。 / Scuola di San Rocco / Palazzo Ducale:ドゥカーレ宮殿の「大議会の間」の『天国』、天井画など。

かんれんファイル

■ ティツィアーノとティントレット
■ 地方ごとに特徴があるルネサンス
■ ティツィアーノ
■ マニエリスムってなんや?

かんれんサイト

■ マドリッド・プラド美術館・・・エル・グレコとか

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