Tiziano 1488/90-1576
Tintoretto 1519-1594
ヴェネツィア・・・海上バスで運河沿いにサン・トーマで降りてちょこちょこ歩きはじめるとすぐにフラーリ教会(Santa Maria Gloriosa dei Frari)のばかでかい姿が目にはいる。リアルトやサン・マルコ周辺にくらべると観光客もそう多くはなく、ヴェネツィアのなかでもお気に入りの場所のひとつ。ティツィアーノの「聖母被昇天(1516-18)」がこのフラーリ教会にある。ティツィアーノがどんなアーティストだったか知ろうとおもったら是非見ておきたい作品のひとつだ。

フラーリ教会のティツィアーノ作品
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/t/tiziano/01a/index.html
群集のうごきを見ていると、なにかとんでもないことが起きているのを感じる。「人間が宙に浮いていくゾ!」そんな驚きが伝わってくる。おもわず輪のなかに入って自分も空を見上げたくなる。そんな一瞬が凝縮されている。色彩家ティツィアーノの面目躍如なのはいうまでもない。
個人的には、ドラクロワやジェリコーなどの重厚なロマンチズム作品を見ているかのような印象をこの作品に受けたが、大橋巨泉氏はこんなふうに述べている・・・
ボクは今まで浅薄な知識と鈍い感性から、ティツィアーノより、弟子のティントレットの方がすぐれていると思っていた。しかしこの絵の前でボクは、何かに打たれたようにボーッと坐ったまま、何十分も動けなかった。ボクは依然無神論者だし、キリスト教徒でも何でもない。しかしこのマリアの美しさ、天に昇ってゆく躍動感、天上、中空、地上、三段階の空間の存在感・・・
(「週間現代(2001.6.16.)」より引用おわり)
一方、ティントレットはティツィアーノの元弟子。なにがうまくいかなかったか、ふたりはそうそうに袂をわかっている。というより、弟子のティントレットがティツィアーノの元を飛び出したんだろう。そして、ことあるごとにこのふたりの画風はよく比較される。
ティントレットの作品は、パラッツォ・ドゥカーレ、アカデミア美術館などが有名だが、フラーリ教会でティツィアーノの「聖母被昇天」を見たら、そのすぐそばにある、サン・ロッコ教会(La Scuola Grande di San Rocco)=ティントレット教会をハシゴして、ティツィアーノとティントレットの違いを肌で感じてみたい。

Photo, courtesy of Web Gallery of Art
どう・・?こちらもうごきがある。アルどころかアルアル。色彩もティツィアーノにくらべると、より現実的で、サラッとしていて、そのぶんうごきがよりすっきりと克明に伝わってくる。さらには、作者自身がとくにこの作品に固執しているわけではなく、すぐさまつぎの作品に取りかかりたい、みたいな仕上がりだ。それは極端にしても、すくなくとも「作者の作品というものに対するそんな姿勢」みたいなものを感じる。
このチガイは時代のチガイでもある。チョットの差だが、ティツィアーノがアーティストとしての資質を築いたのは、ルネサンスでもまだ「いい時代」に属する。「いい時代」というのは、ちょうどレオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエッロがこの世を去った1520年ぐらいまでだ。
じっさいには、そのころまでにすでにイタリア半島はフランスと神聖ローマ帝国(ドイツみたいなもの)にかき乱され、スペインや教皇勢力も交えた戦争騒ぎに巻き込まれ、1527年には、なんとローマが神聖ローマ帝国ハプスブルグ家の手に陥ちた。そういう政治情勢から、ティツィアーノやティントレットが働いていたヴェネツィアだけが例外であるはずもない。
ヴェネツィアは一方で、海上都市に固執していた伝統から一転、陸地に別荘を建てはじめる。もちろんこれは、ヴェネツィア共和国の経済的飽和状態をも意味している。ヴェネツィア貴族たちの別荘をほうぼうに建てたのが、建築家パッラーディオ(1508ー80年)で、パッラーディオはティントレットと同時代人だ。
時代が変わったのだ。たとえば、貧しい社会では、ひとりの人間が一から十までなにもかもやらなくてはならない。金勘定もすれば、力仕事もする。馬のことも知っていれば、文芸もたしなむ。法律のことも知っているが、ウラ社会にも通じている。しかし社会が裕福になってくると、そういう百姓(百の職業をもっているという意味)的な生き方は必要がなくなってくる。
ティツィアーノがまだまだ「良き時代」のアーティストで、「百姓的」あるいは「オールマイティー」な世界を目指し、ひとつの作品のなかに世界そのものを盛り込もうとしていたのなら、ティントレットはすでに変わり始めた世界のアーティストで、「絵にできるだけのことを、そのかわり最大限引き出す」みたいな割り切りがある。ティントレットがかなり早いペースでどんどんと作品を仕上げたのも、たんなる技法上の理由やセコサからだけではなく、こういう絵画に対する直感的な姿勢の違いがあったからじゃないか。
フラーリ教会周辺の散歩スポット
http://www.comune.venezia.it/flex/cm/pages/ServeBLOB.php/L/IT/IDPagina/1384
そもそもティントレットはティントレットでティツィアーノはティツィアーノなので、このふたりをあえて比較する必要はないとおもうけれど、せっかくヴェネツィアまで行ったら、まずはフラーリ教会でティツィアーノの「聖母被昇天」を拝んで、そのすぐそばにあるサン・ロッコ教会をハシゴして、このふたりの世界の違いに「うわっ・・」という体験をして欲しいとおもう。ぼくは、ロッコ教会の正確な位置を知らないで、フラーリ教会の目と鼻の先にあるロッコ教会を訪れることなく、そんな貴重な体験を得る機会を逸してしまった!
(2001.07.19.)(2005.08.25. 画像追加)(2007.09.23. 加筆)