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筆が舞いすぎたヴェロネーゼ

Paolo Veronese(Paolo Caliari) 1528-88 Verona-Venezia

パオロ・ヴェロネーゼ、本名パオロ・カリアリ。ヴェローナ生まれなのでヴェロネーゼ(=ヴェローナ人)。性格も絵もゴージャス!

veronese

「レヴィ家の饗宴」 Gallerie dell'Accademia 5 x 13 m・・・正面やや左、緑色のガウンの男、客を招き入れている派手目な男がヴェロネーゼだといわれている。

ヴェロネーゼ作品
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/v/vero..

何度か大火災を経験しているヴェネツィア・・・1571年、ティツィアーノの「最後の晩餐」が焼失すると、かわりの「最後の晩餐」をヴェロネーゼが請け負いました。

それが、いまヴェネツィアのアカデミー・ギャラリーにある「レヴィ家の饗宴」です。「レヴィ家の饗宴」??「最後の晩餐」じゃないの?

その通り!もともとは「最後の晩餐」として描いたのですが、その奔放でおどけた表現が当時の教会の検閲にひっかかり、一悶着あって、ヴェロネーゼ自身が「レヴィ家の饗宴」に作品名を変えてしまったのです。素描ぐらいは見せてたんだろうけど、ヴェロネーゼ、アドリブでやっちゃったんだね。

だから、、「レヴィ家の饗宴」ではなく、ダ・ヴィンチやだれそれのとおなじ「最後の晩餐」とおもってみてみるとおもしろ〜い。。

それから100年ほどして(1697年)、聖ジョヴァンニ・パオロ修道院にあったヴェロネーゼのこの作品もまた火災にあいました。大損傷〜。そしてそれからまた100年ぐらいして(1776年)、あまりに痛みがひどいために、作品を三つに切断するというおもいきった外科手術が施されました。

さらに!1000年の栄華を誇ったヴェネツィア共和国がナポレオンによって終焉をとげると(1797年)、フランス軍はこの作品を、おそらく、、絨緞(じゅうたん)のようにぐるぐる巻きにして持ち去りました。(のちフランス政府より返還)

(2001.10.06. 点検)(2002.08.28. 見直し)

ヴェロネーゼのファイル

□ 筆が舞いすぎたヴェロネーゼ
■ ヴェロネーゼの法廷証言

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