EKAKINOKI

真夏の夜のグッゲンハイム美術館展

入り口をはいるとすぐ、一辺が3、4メートルはあるとおもわれるおおきなふたつの作品が向き合わせになって飾られていた。ひとつは、アンディ・ウォーホルの『セルフ・ポートレイト(1986)』、もうひとつは、ミロの『絵画(1953)』。

『セルフ・ポートレイ』は黒地に緑色の顔が浮かび上がっている。いや、緑地に黒の背景をかぶせたのか、、どっちでもいいや。説明書きにこんなのが・・・「わたしが行なっているすべてのことは『死』であったに違いないとおもう。」・・・んっ?!

ミロの『絵画』のほうは、「見入る」っていうより「圧倒される」・・・古代洞窟画みたい。。

それから、、レジェの作品(画像中央の女性とか)がずらりとならんでいた。円錐や球、マルやサンカクを頻繁につかうキュビズムのほかの作家たちとレジェがちがうのは、それが、、まずなによりも「タノシイ」ってことだろう。レジェの作品には・・・ひたすらなにかのかんがえを表現しようという「かたくるしさ」もなければ、そういうかたくるしさから逃れようとしてなされた「洗練」とかもなくて、いつも元気いっぱい。

もっともこういうのは黒か白かのモンダイじゃない。レジェの作品にしたって、もちろんそこにはキュビズムの思想とか機械賛美とか、ある。だけどそれでも、「タノシイのが一番」みたいのが、レジェの作品を支配している。いっぽうで・・・「かたくるしさ」も「たのしさ」も「・・・」も、なにもかもがみごとに溶け合っている作品ってのもあって、そういうのはたぶん「巨匠」ってことになるのかな、、ピカソとか。

レジェのつぎには、モンドリアン、ドローネ、ピカソ、デュビュッフェなどなどの作品がつづく。アルベルト・ジャコメッティの『DIEGO(1953)』は、さいしょフランシス・ベーコンの作品かとおもった。。そういえばこのふたり、似てるゾ!

展示会のまんなかあたりにくると、ちょっとこじんまりした空間に、ゴッホの冬景色、アンリ・ルソーの兵隊さんたち、フランツ・マルクの白いウシ、エルンストとか、言ってみればひとむかし前の絵があって、なんかなごんだよ。

その部屋のまんなかには全面ガラス張りのおっきなタマゴ型の休憩所があって、すこし宙(!)2階みたいなところから、ガラス越しだけど、、自販機のコーヒーを飲みながらゴッホを見るなんて、はじめてだった。

目がすこしとろんとしたところで、こんどは、ポロック、リキテンシュタイン、ウォーホル、フランケンサーラーと、現代アメリカのアートがバンバンバンとつらなる。。。

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ってのわ、、、真夏の夜の・・・仮想グッゲンハイム展!ここにでてくる作品は、じっさいの展示会にみんなありますが、ならべてある順はまるでちがいま〜す♪コーヒーの自販機なんて、あるわけないじゃん!

(2004.08.08.)

※ 画像はグッゲンハイム美術館展のちらしと入館券。
※ グッゲンハイム展: Bunkamura(渋谷)/2004.07.17-10.11.
※ 展示会作品リストでは・・・リキテンシュタイン→リクテンスタイン

グッゲンハイム美術館
http://www.guggenheim.org/

かんれんファイル

■ フランツ・マルク
■ フランケンサーラー/モンドリアン・・
■ ポロック
■ デュビュッフェ
■ フランシス・ベーコン
■ ウォーホル
■ ミロ
■ ゴッホの冬景色

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