東京都庭園美術館/2003.04.24−07.01.
たまたま庭園美術館の近くに用事があって、なにをやってるのかなーと覗いてみて、ついフラフラと入ってしまって、なにも期待してないなーと自覚しながら陳列ケースを覗き込んだのでした。(←
ひかりものとか石とかにあまり関心がない。)
入ってすぐのところにあった1500年代のペンダントは、ゴリアテの首をもつダヴィデの金細工でした。これを見ているうちに、なにやらドキドキッとしました。ボッティチェッリもきっとこんなこと(金細工)をしていたんだろうな・・そんなこともおもいました。
ドキドキッとした理由のひとつはたぶん・・・絵画の場合、どうしても現代的な目線で見てしまうところがあるけれど、宝飾品の場合はある特定の実生活をほうふつさせる・・そういうことから、いまの時代とのギャップ(違い)をかなりリアルに感じられたからかもしれません。
そしてそれがどういうギャップなのかというのが、たぶん・・ドキドキッとしたもうひとつべつの理由です。これらのピカチカ(宝飾品)はほぼ年代順(1540年〜1940年)に並んでいるのですが、古い時代の宝飾品は大きさも意匠もものすごくゴージャスで、時代が新しくなるにつれてシンプル・エレガンスになってきます。
この違いというのは、ほんのひとにぎりのひとたちが富をにぎりしめていた時代、『文化』というのもそういうひとたちのものであった時代と、より『マス(大衆)文化』になっていく時代の違いです。宝飾品をまとっていたひとたちも、それをめでながめたひとたちもちがうし、またそのひとたちをとりまいていた文化的な質や広がりもちがうし、関心がもたれていたテーマも素材もちがうのです。
宝飾品がよりシンプル・エレガンスになってきたのは、マス文化への歩み寄り、というふうにもかんがえられます。(もちろん意識的にではありません。)だって、ゴールドやダイヤモンドや、あんなにゴージャスな宝飾品ばかりしていたら、よりスピーディーな現代の生活スタイルやファッションとの釣り合いがとれないですものね。
いっぽうでいまの時代は・・笑っちゃうようなばかでかデザインの腕時計とか、おなじく笑っちゃうようなポップ・アート感覚なアクセサリーとかが、とてもたのしく感じられたりもしますよね。
ルネサンスから現代のポップ・アートなどにつらなる絵画史においても、これはまったくおなじだとおもいます。ただ・・宝飾品は、絵画よりもさらにその時代その時代のひとびとと直接的・具体的なつながりをもってきたとおもわれるので、そのことがよりヴィジュアルに(視覚的に)感じられる、そんな気がしました。
・・・それにしても庭園美術館の庭、クリの花の香りでむせ返っていましたー!
※ ファイル中の画像は展示会チラシ
東京都庭園美術館
次回 →『生誕120年 マリー・ローランサン回顧展(2003.07.19-09.15.)』
http://www.teien-art-museum.ne.jp/
■ カトリーヌ・ド・メディシスに贈られた真珠のはなし
(2003.05.15.)