Pinacoteca Ambrosiana
ミラノのアンブロジアーナ美術館というと、、レオナルド・ダ・ヴィンチの『音楽家(下左)』とカラヴァッジョの『静物(下右)』、、、とかが有名なのかなぁ・・・。カラヴァッジョの静物は、遠くからだと、厳格なバロックのオブラージュに覆われているかのようにみえますが、近づいてみると、ひとつひとつのくだものとかが、いまにもピョコピョコとうごき出しそう。
この美術館、北イタリアではけっこうまとまっているほうだし、まじめくさった雰囲気のわりには写真OK(いくらか払う)なのでわりあいすきです。
この美術館の創設者フェデリーコ・ボローメオ(Federico Boromeo)は23才で枢機卿になったひと。ったって〜、当時は縁故とかでよくあったはなしだとおもうのですが、でもエライな〜とおもうことがいくつかあります。
まず1609年、一般庶民(!)が利用できる図書館を作りました。
そして、現在のアンブロジアーナ美術館につながる絵画コレクションのもとをもつくったのですが、そのとき、アカデミーも創設しました。つまりミラノでいちばんさいしょのアカデミーは、ブレーラではなくここだったのでした〜。
そこでさかんにやったのが複製。学生たちの絵画技術習得のためとかもあったのでしょうが、それ以上に・・・火事とかでいつ著名作品が消失しないともかぎらない、というのが念頭にあったみたいです。じっさい、、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』の複製があります。ナポレオンなんかが来るよりずっとずっと以前の複製なんで、イミありますよね。
ボローメオはカラヴァッジョ作品が欲しかったとか・・。でも、カラヴァッジョはすでにデル・モンテ枢機卿が強力にバックアップしていたから、むづかしかったみたい。もしボローメオが購入していたら、ミラノにごそっとカラヴァッジョがあったんですネ♪
上左はブラマンテ(Bramante 1444-1514)の弟子ブラマンティーノ(Bramantino 1465-1530)のフレスコ画『Cristo in Pieta』。泣いてる目が赤いの。。右はフェッラーラの画家の『マリアの死』で、1400年代後半の作品。
アンブロジアーナ美術館は、ミラノのドゥオーモ正面側のすぐそばよ。
(2004.03.23.)
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