帝政ロシアからソ連時代にいたる1900年代初頭〜1920年代にかけて、ロシアではさまざまな芸術の花が咲き乱れていていました。
ディアギレフ、ニジンスキー、バレエ・リュス、ミール・イスクーストヴァ、ラフマニノフ、ストラヴィンスキー、シェーンベルグ、ロシア・アヴァンギャルド、シュプレマティズム、未来派、カンディンスキー、マレーヴィッチ、シャガール・・・・・
とりわけ、ブロク、アフマートヴァ、マヤコフスキーなど、この時代に活躍した詩人たちを称して、「銀の世紀」とロシアでは呼ばれています。
ソ連崩壊後のロシアは今、世界のアートを肌で感じ取り、これからさらに数々の指導的アーティストを生み出していくにちがいないとおもいますが、現時点で、世界に名だたるロシア文化のピークと言えば、1900年代初頭はその筆頭に数えられる時代のひとつです。
「ロシア・シンボリズムと水色ピンク派展」はまさにそのころのロシア美術界を彷彿とさせる展示会で、まずはブリュッセルで、2006年3〜4月にはモスクワのトレチャコフ美術館新館で催されました。
展示会カタログ
「ロシア・シンボリズム」・・・
おおまかに言ってふたつのうねりがあります。フランス・シンボリズムの影響をもろに受けた世代、そののちムサートフ(1870-1905)らを核としてそこからきわめてロシア的に発展していった世代。
「水色ピンク派」・・・
ムサートフ一派の色づかいから受けた印象を、マレーヴィッチかだれだったか、あるいはかれら自身がそう称したのか、いずれにしてもそういった意味合いからつけられた名称です。
展示会カタログより
そしてそういう観点からすると、ちょっとマイナーというかあまり一般的でないふたつの主題が共存していて、まずは展示会をどういう名称でアピールするか、迷ったんじゃないでしょうか。
じっさいには・・・「ロシア・シンボリズムとムサートフ派」であり、「ロシア・シンボリズムとそののち」であり、「ムサートフの前とあと」であり、、、、ふふ、、ふたまた掛けた展示会名がもたらす戸惑いを指摘する批評があったのもジジツです。
それにもかかわらず、というか、、だからこそ(!)、今でもほうぼうで言及されることが多い同時期のロシア・アヴァンギャルド系とは違う、そしてロシアではむしろこちらのほうが主流だったとおもわれる1900年代初頭のロシア美術界の再現は、じゅうぶんにひとびとを魅了しました。
おそらく展示作品の半分ぐらいは、トレチャコフ美術館、ロシア美術館、あるいは地方の美術館で見たことがある作品だったとおもいます。
ふだんはあまり脈絡がないほかの多くの作品のあいだになかば埋もれて、さして注意も払うこともなかったこれらの作品を一堂に会し、1900年代初頭ロシア美術のリッチな世界をこれほどまでになまめかしく再現したのは、まさしくキュレータの手腕で、オミゴトと言うしかありません。
別の言い方をすれば・・・「ムサートフ一派と水色ピンク派を再評価した」というに値する、意味ある展示会だったとおもいます。
(2006.05.04.)
※ 下画像中右下はネステロフ(1862-1942)の作品で、ネステロフは宗教的主題を描くことが多かったのですが、その時代のコンテクストのなかであらためてその作品を見ていると、宗教的主題以前に、ネステロフがいかに奥深い芸術を展開していたか、深い感動を覚えました。まさにこの展示会ならではの収穫でした。
トレチャコフ美術館
http://www.tretyakov.ru/
ムサートフ(БОРИСОВ-МУСАТОВ Виктор Эльпидифорович)
http://www.hrono.ru/biograf/borisov_mus.html