EKAKINOKI

美術館に血がめぐりはじめた?

金沢21世紀美術館の例

「美術館大ピンチ▽市民の選択(NHK総合/クローズアップ現代 2005.02.22)」という番組をやってました。「公立美術館もまっとうな経営をせにゃあかん」という時代になって、戸惑う美術館、、

で、かれらがいまナニをかんがえているかというと・・・経営意識をもつこと、もっと積極的に地域住民にはたらきかけまずかれらにじゃんじゃん来てもらうこと・・・だいたいそんな意見だったようにおもいます。

はやっている美術館の例として金沢21世紀美術館(石川県)をとりあげていました。

金沢21世紀美術館には、展示物として「参加するアート」があり、多くのひとの関心をひいていました。「参加するアート」とは、ひとが中にはいると形が変わったりシルエットが映し出されたりして、参加者があってはじめて作品として成り立つもの、、あるいはいろいろなひとが作ったものをアーティストが構成してひとつの作品にする、たとえばそういうのです。

金沢21世紀美術館は、この「参加するアート」に満足げ。なぜ?そりゃあ人気があるから。みんなが関心をもってみてくれるから。それがそのまま美術館の活性化につながるから。

じゃあ美術館の活性化のためには「おもしろいアート」、「ひとが集まるアート」を展示すればいいの?YESだけどNO・・・

アートはそもそも感動、格闘・・・。美術館はほんらい、そういうものを提供するところです。だけど、いまひとびとが感動するのはただゴッホとセザンヌとピカソだけではない。ほかにもいっぱいおもしろそうなもの、感動できそうなものがある。

アートが日々変わっていくように、美術館の展示物も変わっていきます。見せる側が感性を研ぎ澄ませ、「なにが感動なのか」「なにがアートなのか」を日々自問し、それをどんどんうったえかけていかなくてはならない。

そのひとつの例が「参加するアート」です。「参加するアートがうけたからそれでキマリ」、、なのではもちろんありません。

また、金沢21世紀美術館は地元の児童を無料で招待し、将来そのこどもたちが感性豊かな医者に政治家に育ち、そしてかれらがアートを暖かく見守るひとたちになってくれることを期待しています。

そのいっぽうで、「この度来るときは親といっしょに来てネ」という経営戦略(=下心♪)でこども用に「もう一回無料券」を配るとか、あるいは美術館内に大胆な無料スペースをもうけるとか、具体的な工夫もいろいろとしているみたいです。

そういう経営努力があって金沢21世紀美術館がはやっているでしょう。いちばん身近なひとたち、つまり地域住民にうったえかけるというのはもっともですし、金沢21世紀美術館をおとずれたこどもたちがなにか感銘を受けて、20、30年後、それがいいことにつながるかもしれません。

しかし、だから「地域密着が美術館活性化のカギ」とするのはチト性急じゃない?なぜなら、いまはやってるからといって、これからもはやりつづけるという保障はどこにもありません。「金沢21世紀美術館をおとずれたこどもたちが成長したとき金沢市の文化は熱くなる」なんてのもちょっと理想論じみている。

金沢21世紀美術館がはやっているとしたら、それはたぶん、、

「地域密着が成功したから」ではなく、「美術館とはなにか」「どうしたらひとにきてもらえるのか」、、「アートとはなにか」「なにをどうみせればいいのか」、、、美術館がその経営において、そしてなによりも本業であるアートにおいて、いろいろと考えはじめ、試行錯誤をしはじめたからではないでしょうか?

もちろん、、「なにがアートか」なんて答えはない。しかし答えがない問いにアーティストは日々答えつづけているし、美術館だけが例外であるわけありません。

そういうニンゲン的な試行錯誤が美術館に血を通わせ、美術館がそういう試行錯誤をつづけているかぎり、試行錯誤のなまなましい結果をひとびとにうったえつづけるかぎり、ひとびとはそれを感じとり、好意と関心のまなざしを注いでくれる。

そんなふうにおもえるのですが、、

(2005.02.26.)

※ ファイル中のイメージ画像はパリ、ポンピドゥ・センター (Centre Pompidou, Paris)
Photos courtesy of Michael Reed

かんれんサイト

金沢21世紀美術館
http://www.kanazawa21.jp/ja/index.html

絵画 ロシア イタリア