コレクションの民主化
美術館は住民の美術活動の中心。このことに疑問の余地はまったくない。しかし話題にのぼることと言えば、美術館の豪華な『箱』のことと、何億何十億でだれそれの作品を買ったとか、今度はニューヨークあるいはスペインの『なんとか展』が催されるから見に行こうとか・・。
しかもけっこうなお金を払って、そういう展示会を『見させてもらう』。これでは、近づきがたい『美術の殿堂』か、トクベツなひとにしか分からない『げーじゅつ』か、『国や県の私設美術館』とおもわれてもしかたがない。
「住民に選ばれた議員たちが決めていることだから文句あるか。」たしかにそう。しかし美術は、道路を造るのとは違うのです。もし美術行政というものがあるとしたら、その最大の目的は『住民に美術をたのしんでもらう』『美術教育・美術活動を盛り上げる』ということでしょ?『箱』を作って、中身を買って、それでビジネスとしてうまく軌道にのせていくのが美術行政、というのはチト違うとおもう。
公立の美術館は住民の税金でまかなわれています。つまり美術館のコレクションは住民のものです。コレクター主は県知事でも県議会でも美術館館長でもなく、住民です。ところがそのコレクター主が、そもそも美術館にどのような作品があるのかほとんど知りません。じぶんの所有物を知らないというのは、どこかおかしいですね。そこで提案。
カンタンな作品カタログを電話帳感覚で作って、それを住民に無料配付するというのは?豪華装丁本を作れとか、すべての作品画像を網羅せよ、とか言っているのではありません。おもだった作者別にいくつかの作品画像を載せて、あとは『そのほかの作品リスト』として記載しておくだけでいいじゃありませんか。そしていっぺん出したらおしまいではなくて、年刊にして、安価なカタログながらじょじょに内容を充実させていく。あるいは何年分かでカタログが完成するようにしたっていいとおもいます。ほかの県のひとが欲しがったら売ればいい。
これは、コンピューターではあまりうまくない。美術館には、展示している作品以外に、膨大な数の作品が保管されています。これをインターネット上でやっても、ふつうのひとは鳥瞰的に見ることができませんし、何回もファイルをクリックして探すのなんて面倒です。また、すべてのひとがコンピューターを使っているわけでもありません。
無料配付のカタログなら、寒い冬の夜、じっちゃんばっちゃんがコタツに入りながら「ふぅ〜ん、こんなのもあるのけ?」すくなくともそれで、じぶんたちがどんな作品を所有しているのかを自覚できます。『美術』との、『美術館』との、個人的な接点がとりあえずできます。そのカタログは、小さなこどもたちの目にもはいるでしょう。もしかすると「これは見てみたいね・・」とかいうのがでてくるかもしれません。
見てみたいとおもった作者の作品が、かならずしも美術館に展示されているとはかぎりません。その場合は、カタログに無料のハガキを添付しておいてリクエストができるようにしておけばいい。あるいは公共の施設でも、そのほかの場所(レストランでもいいじゃありませんか・・)にもカタログを置いてリクエストができるようにしておけばもっといい。なんべんリクエストしてもOK。住所氏名を記入しておけば、リクエストした作者の作品、あるいは特定の作品が展示された暁には美術館から招待状が届く、なーんてね。じぶんたちが所有している作品なら、このぐらい当たり前でしょ?
さらに「こういう作品を購入してほしい。」という住民の希望が反映されてもちっともおかしくないとおもうのです。もちろん19世紀の絵画に特化している美術館に『マンテーニャ(15C)』を買ってくれ、とは言えません。しかし19世紀の絵画であれば、ターナーが見たいのかドラクロワなのか、住民にだって希望があるでしょう。購入作品のリクエストができるようにしてもいいし、あるいは美術館側から「これこれの可能性がありますが・・」という選択肢をだして住民に問う、ということもかんがえられます。
そもそも日本のX美術館が、シャガールのこの作品を購入しなければ美術館としての死活モンダイにかかわる、とはどうしても考えられないのです。なぜその作品でなければならないのか、という動機が見えない。ムチャクチャに高価な作品の場合は物議をかもしたりしますが、それも購入額の規模に驚くのであって、なぜその作品でなければならないのかとかいう議論ではないとおもいます。行政側も、なにを購入するかという作品の具体的な選択肢については、基本的に専門家の裁量にまかせているとおもいます。
ならば・・住民の意志がもっと直接的に反映されたほうがおもしろいとおもうのです。そうすれば、じっちゃんもばっちゃんも、にいちゃんもおねえさんも、じぶんたちの美術館のじぶんたちのコレクションをより身近に感じることができるようになります。こういうのが、美術行政が本来めざしていることであり、また博物館として、そして企画展全盛時代のあとにくる美術館像のひとつに、なるのではないでしょうか?
(2003.02.03.)