EKAKINOKI

具象だけどノン・フィギュラティヴ?

BBSより

ヤナイさん 2005.02.10.

具象と抽象って、悩むかなあ。 簡単だと思ったけど。 この世(やあの世)にある何かをかいてあるのが具象。 そうでないのが抽象。 言い換えれば、単純に色やかたちをかいているのが抽象。 で、どうでしょう。

対象と非対象(ノンフィギュラティブ)っていうのはすごくむずかしい。 わたしは、ウォーホルやリキテンスタインは、具象だけど、ノンフィギュラティブだと思ってます。

えかきのき 2005.02.10.

具象だけどノンフィギュラティブ、、?なんじゃらほい?

ことば的には、ふつう・・・「フィギュラティヴかフィギュラティヴじゃないか」ってのがまずさいしょにくるよね、、

でそのあとに、「フィギュラティヴでもアブストラクトな表現」というのはかんがえられる。たとえばウォーホルなんかはなにが描いてあるかはわかるけど、でも表現としては抽象的。

いっぽうで、「フィギュラティヴじゃない絵」つまり「抽象的な絵」でも、それが表現しているものはかなり具体的に掴めるのも考えられる。たとえばカンディンスキー。

ただ、一般的にはそこまでこだわるひとはあんまりいなくて、 アブストラクトとノン・フィギュラティヴはふつう同義語と理解されているのではないでしょうか、、

ヤナイさん 2005.02.11.

えー、まあ、ふつうはそうでしょうね。 ただ、ノンフィギュラティブって、ワタシ的には、対象が実際にない絵画ってことです。 ポップアートの大半は、実際にマリリン・モンローや女性を描いてるんじゃなくて、社会に流通している彼女たちの「イメージ」が対象になっていますよね。 そういう意味で、ふつうの具象画とはちがうんじゃないかと。

えかきのき 2005.02.12.

「ノン・フィギュラティヴ」ですが・・・

抽象絵画の種類として − 具体的なナニカのかたちをひっちゃかめっちゃか分解したようなものと、なんだかわかんないものをなんだかわかんないように描いたものと(作者のアタマのなかの世界) − このふたつを区別して、なんだかわかんないもののほうを「non-figurative(ノン・フィギュラティヴ)」と名づけたって経緯があるんですね。

それでウォーホルの場合・・・

「じっさいに描かれているものほどに作品は具体的でない」、、というのはその通りだとおもいます。それは、日常的なコトバで言えば「描かれているものは具体的だけど表現はすごくアブストラクト」となるし、専門用語ならヤナイさんがいわれるように「具象だけどノン・フィギュラティヴ」となるのかもしれない。

ただしこの専門用語を知らないひとにとっては・・・

「フィギュラティヴ」はたんに「カタチがある」っていう具体的なコトバだから、、「ポップアートは具象だけどノン・フィギュラティヴ」って言われても、「具象だけど具象じゃない」みたいなことになってさっぱりワケがわからない。さらに、、ある種の抽象絵画を区別する名称である「ノン・フィギュラティヴ」というコトバを、なぜわざわざポップアートに持ち込んでくるのか、、?っていうのも、アタマがこんがらがってしまうもうひとつの原因になってる。

60年代ポップアートがテレビのキャラクターなどをモティーフにしたのは、抽象表現主義が非対象絵画であったのと表裏一体ではなかったかと筆者は考えます。つまり、ポップアートも、現実界にたいしてはノンフィギュラティブではないか、と。(2003.04.21. ヤナイさんの「北海道美術ネット」から引用)

なるほど、、、、これをワタクシ的日常的なコトバで置き換えると・・・

抽象絵画とポップアートは、いっぽうは具体的なものを描き、もういっぽうは具体的でないものを描いた。しかし両者ともに表現はひじょうにアブストラクト(抽象的)で、、この両者は表裏一体をなしているんじゃないか、、

うん、それはあるとおもう!

(2005.02.12.)

具象と抽象かんれんファイル

■ 抽象後ニンゲンの絵画をみる目
■ 具象?抽象?感動したいだけ、、
■ 具象だけどノン・フィギュラティヴ?

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