EKAKINOKI

修復は器物損壊?

「MASA-AKI HOMEPAGE/VOICE〜器物損壊」より引用・・・

原画が100年、数百年経ったら、そりゃ、絵の具『枯れてくる』でしょ。/『色あせて来るでしょ』だけどそれは、アタリマエでしょ。/絶世の美人も『しわしわ婆ちゃん』に必ずなります。/『絵や芸術作品』も『自然に朽ちていって』いいじゃないですか。

・・・・・昔むかし、小学生位の時、なにか世間が大騒ぎしてる/『ミロのビーナス』というのをテレビか新聞で見たとき、/『両腕がない』のが凄く印象に残りました。でも、『両腕がナイ』のに/なにか『エエバランスやな』と感心した記憶があります。

・・・・・勿論、その『創作者』は死んでこの世にはいないのでしょうな?/もし、生きてたら『なにしよんじゃ!ワレー』と怒りますわな?/そんな悪い言葉はつかわんか・・・。自分の『作品』を/『技術者』に勝手に『改ざん』されたら絶対に『怒ります』わな?

・・・・・『恐らくボクが死ぬときに残ってる作品(排泄物)はボクと/一緒に火葬する。ホームページ上の作品は全部削除する』/共に、この世から消えていきます。ハイ。・・・・・

(引用おわり)

アレッツォ(イタリア)のピエーロ・デッラ・フランチェスカのフレスコ壁画(初期ルネサンス期)などは、見るも無惨に朽ち果て、そのままにしておいたら完全に消えてなくなってしまうような状態でした。そういう作品を見て「なんとかしたい」とおもうのも、また自然ではない?

また現代の修復は・・「作品が描かれたときの状態に完璧に戻す」のではなく、「修復した箇所があとで分かる」「将来、修復技術が向上したときに、再度ゼロからやり直せる」・・というやり方が主流になってきています。

つまり「直してしまう」のではなくて、「遠くから見て作品がより良い状態で鑑賞できればヨシとする修復」「パッチワーク的修復」などのソフトなやり方です。

つぎのファイルは、ルネサンス期に制作されたタペストリー修復について・・・現代の修復がどのようにしておこなわれているか、とてもよく伝えているとおもいます。

→ ルネサンス・タペストリーをどうやって修復?

BBSより

えかきのき

あるひとが亡くなると、そのひとのまわりにあったいろいろな『モノ』が突然『生気』を失ってしまう。はきつぶされた靴でも、主人が生きているうちはイキイキとしているのに、そのひとが亡くなると、ただのビンボーったらしい靴でしかなくなってしまったりする。

そういうのを見ると、『モノ』はやはりヒトの心とつながりあってはじめて『モノ』としての生命を与えられているような気がする。『芸術作品』が数世紀を経てもそのかがやきを失わないのもまた、それに共感するひとびとに生命を与えられているから、なんておもったりする。

だとすると、作家が「オレの作品に手を加えないでほしい。」と言うのは『ひとりよがり』かも。

マサ☆アキさん

けっこう、今までもその世界では『テーマ』になってきた問題なんだ・・。/そうでありますか・・・。

『その修復』までしてでも『残したい』という気持ちはワカラナイコトはないな。/でも、『限界』はないの?500年前の作品を『修復』を繰り返して/『保存』しててもその方法であとまた500年、1000年は/『その作品のようなもの』として残るの?その『技術』はアルの?今。/なんか、『植物人間』のパイプや管だらけで『生かされてる人間』のような/気もするけど・・。

『朽ちても、腐っても、完全に消えてもイイジャン』という/考えかたってする人いないの?その世界に。/これは、アレ?現代に『スゴイ作品』がドンドン生まれないから/昔の作品を『修復』してでも残すというのもあるの?

アカデミックな人達には『そこの深い、簡単には語れない』問題なのかも/しれないけど、ボクみたいなそういう世界を全く知らない者には/素朴な疑問の世界です。

えかきのき

修復と言っても、いまできることをしているだけ。それと、現代に残されている古典名画のほとんどは、たいがい過去(100年以上前)に荒々しい外科手術的修復がほどこされています。元々はどうだったのか・・もちろんそこいらへんも科学的に読み解きます。

いずれにしても、現代の修復の主流は『パッチワーク』です。作品本体にはできるだけ手を加えないやり方。そうしておけば、100年後、200年後にまたあらたな修復技術がでてきたときに、再度修復が可能なわけ。(油彩画に水彩で修復をほどこすのもそういうこと。)

『朽ちても、腐っても、完全に消えてもイイジャン』というのはもちろん理解できますが、ほんとに消え去っていく現物を前にしたら、やはりそれをくい止めたいとおもうだろうし・・。あとは、どういうふうにそれを残していくかという『美意識のチガイ』が、修復についての受け止め方のチガイになるかもしれない。

また、現代に『いい作品』が少ないとはおもいません。『いい作品』はいつの時代にもおなじようにあるし、ただ、身の回りにあるものは、その真価が見えにくいだけ。それと・・『いい作品』が朽ちずに身の回りにあればあるほど、そこからさらによい作品がでてくるキッカケにはなりますよね。

(2002.06.25.)(2003.03.20. 点検)(2003.11.04. 見直し)

修復かんれんファイル

■ 絵画作品のデジタル復元
■ 青色という問題児
■ 修復は器物損壊?
■ ルネサンス時代のタペストリー、どうやって修復?(訳)
■ ピエーロ・デッラ・フランチェスカ修復(訳)
■ フェルメール作品鑑定(訳)

かんれんサイト

フィレンツェ修復の都(「日本におけるイタリア2001」の公式イベントのひとつ。):『歴史』『技術』『科学』の観点から、3人のイタリア人専門家が修復についての考え方を述べています。
http://www.l-ambiente.com/2001/japanese/confer..

※ 近代絵画研究所(東京中野)の小谷野匡子氏(アメリカで勉強した修復家)などは、かなり予約待ちみたい・・。

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