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ヴィッラ・ヴァルマラーナのティエポロ親子

Giambattista Tiepolo 1696-1770 Venezia-Madrid
Giandomenico Tiepolo 1727-1804 Venezia

Tiepoloヴェネツィアから電車で30、40分のところに、ヴィチェンツァという町がある。1500年代ごろから、ヴェネツィア貴族は内陸部のブレンタ川沿いに別荘を建てて農業経営をはじめ、パッラーディオ(1508-1580)がほうぼうに古代ローマっぽい建物を建てた。ヴィチェンツァは、その時代を代表する町のひとつとされる。

このヴィチェンツァの中心部に「ヴィッラ・ヴァルマラーナ・アイ・ナーニ(Villa Valmarana ai Nani)」という貴族の別荘がある。小高い丘のうえにあって町を一望でき、その反対側には谷の緑(かつてはブドウ畑?)が広がっている。この別荘で、1757年ごろ、ジャンバティスタ・ティエポロと息子ジャンドメニコ・ティエポロがフレスコ画を描いた。

ジャンバティスタ・ティエポロ作品
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/t/tie..

Tiepoloジャンバティスタ・ティエポロは、1700年代のイタリア美術界を代表するスーパースターのひとり。スペイン王宮の仕事を請け負っていたため、マドリッドで没っしている。

息子ジャンドメニコ・ティエポロはさいごまで父親といっしょに仕事をしていた。マドリッドでは(1762-1770)、ゴヤ(1746-1828)に影響をあたえたといわれている(!)

ヴィッラ・ヴァルマラーナの仕事をしていたのはスペインに行くまえ・・・・ジャンバティスタ・ティエポロ61才、ジャンドメニコ・ティエポロ30才。

絵の具はヴェネツィアから飛脚で運ばせていたのだろうか、、足りない色を待たなければならない日もあったのかもしれない、、、、、

ジャンドメニコ・ティエポロ作品
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/t/tiep..

ヴィッラ・ヴァルマラーナのフレスコ画は、見ているものを宙に誘うような軽やかさ、心地よさがある。(←これ誇張ではないよ。)それは、時代がそれまでよりもさらに早く流れているのを映し出しているようでもあり、スピード感ともいえるようなもので、、、絵画が、無意識ながら、より広範なひとびとに答えようとしはじめたかのようにさえかんじられる。

Tiepolo1700年代というと、、、ヴェネツィア共和国、最後の100年間だ。下からはオスマン・トルコ帝国、上からはヨーロッパ諸列強に押され、ヴェネツィアはかつての勢いをすっかり失っていた。さいごは、ナポレオンに息の根を止められる。

しかも、1700年代後半にはイギリスで産業革命がおこり、1825年にはもう蒸気機関車があらわれるのだから、、、ティエポロはじめ、偉大な伝統を背負っていたイタリアの画家たちはいったいなにを感じていたのだろう、、?

(2001.06.18.)(2004.12.02. 見回り)

※ ティエポロ作品があるとこ・・・ San Apostoli, Santa Maria dei Gesuati, Santa Maria della Fava ・・・ VENEZIA / Wurzburg Residenz ・・・ KAISERSAL

かんれんファイル

■ 古くもなく新しくもなく・・1700年代&ヴェネツィア
■ トリーノからヴィチェンツァ・パドヴァ・マントヴァ
■ ヴィチェンツァのパッラーディオとティエポロ親子

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