パッツィ家による、「メディチ家のロレンツォ、ジュリアーノ暗殺計画」は、両家の対立が原因・・・ところが、そこにはたぶん、いろんな勢力がフクザツにからんでいた。
パッツィ家というのは、表面のもっとも明解な部分で、この事件には裏の裏がたくさんありそ〜。ただ、、そういう勢力のひとつに、おそらく教皇シクストゥス4世がいた。
パッツィ家もメディチ家もともに銀行業で財をなした同業者。教皇は得意先のひとつで、教皇のほうも、金の工面と野心(領土モンダイとか)実現のために、この両家のライバル意識を巧みに利用していました。
当時の教皇シクストゥス4世は、甥っ子のジロラーモ・リアーリオをカテリーナ・スフォルツァ(当時14才)と結婚させ、イーモラの領地をあてがおうとおもっていました。そしてまさにこのモンダイで、メディチ家と教皇は対立していました。
対メディチ家で、教皇とパッツィ家の利害は、しぜん一致します。そこで甥のジロラーモ・リアーリオも、暗殺計画に加担します。
いずれにしても、、、メディチ家暗殺事件は、けっしてパッツィ家の単独犯行ではなく、パッツィ家が具体的に決断をくだすにいたった背後には、そういう諸勢力の、「保険」があったにちがいありません。
復活祭当日のサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、、、、のどかな朝のとつぜんの不穏、、苦痛に顔をゆがめて崩れ落ちる男、不自然に駆け出す男たち、、ナニカが、、、起きているみたいだ!
ロレンツォはさいわいにも聖堂内奥に逃げおおせ、弟ジュリアーノは刺殺されました。暗殺者一味は死刑、、カテリーナ・スフォルツァの1番目の夫だったジロラーモ・リアーリオも、そののちしばらくしてから消されてしまいました。
(2002.08.17.)(2004.11.15. 見回り)
※ ファイル中の画像: (上)フィレンツェのサンタ・クローチェ教会に残るパッツィ家礼拝堂。 (下) ジロラーモ・リアーリオとシクストゥス4世(メロッツォ作)
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