メディチ家からはじめてフランス王妃になったのがカトリーヌ・ド・メディシス(Catherine
de Medicis 1519-89:ウルビーノ公ロレンツォの娘)です。
カトリーヌは誕生とともに父母を失い(巷説では梅毒とか・・)、孤児院で育ちました。
この(政略的)結婚をとりもったのが、教皇クレメンス7世(Giulio de Medici 1478-1534:Clemens VII 在位1523-34)です。クレメンス7世の父親はだれだか知ってる?
メディチ家のジュリアーノ・イル・ベッロ!そう、1478年にフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂で、パッツィ家一味に刺殺された、ロレンツォ・イル・マニフィコの弟です。
→ カトリーヌ・ド・メディシスの婚礼風景(ヴァザーリ作・ヴェッキオ宮)
カトリーヌ・ド・メディシスの婚礼はマルセイユでおこなわれました。嬉しくてしようがないといったかんじのクレメンス7世が中央に描かれています。花嫁のうしろでヴェールを被っているのは、コジモ1世の母マリア(黒旗隊長ジョヴァンニの妻)。花婿のうしろに立っているのはフランス国王フランシス1世!
ところでこのとき、クレメンス7世は新婦に『7つの大きな真珠』を贈りました。そしてその真珠には数奇な運命がまつわることになります・・・・!!
いったんはカトリーヌ・ド・メディシスの長男フランソワ2世の妃となったスコットランド女王メアリー(Mary Stuart 1542-87)の首飾りとなり・・・
メアリーはエリザベス女王に斬首され・・・
エリザベス(Elizabeth I 1533-1603)がこの首飾りを手にいれ・・・そののち、、
1901年、英国王エドワード7世の戴冠式につかわれた!ほし〜い、、、、いまどこで見られるの??
(2002.08.18.)(2003.05.15. 点検)
※ ファイル中の画像: 「真珠取り(アレッサンドロ・アローリ作/1570-73年/ヴェッキオ宮)」部分
■ ヨーロッパ・ジュエリーの400年展
■ メディチ家の人々
■ ボクの祖母はカテリーナ・スフォルツァ
■ パッツィ家による暗殺計画の真相
■ メディチ家ゆかりのモニュメント
□ カトリーヌに贈られた7連の真珠