マルグリット・ユルスナール著/多田智満子訳/白水社/2001年 / ires d'Hadrien: Marguerite Yourcenar 1958 Librairie Plon
ハドリアヌス帝(76-138)と言えば、ローマがまだ肩で風を切っていたころの皇帝で、ローマ近郊にいまも残るハドリアヌス帝ヴィッラなどでも知られています。その皇帝がじぶんの一生を回想するかたちで書かれたのが『ハドリアヌス帝の回想』です。著者はハドリアヌスちゃんではなく、現代フランスの作家マルグリット・ユルスナールです。
ユルスナールはあとがきでこう述べています。「19世紀の考古学者が外側からやったことを、内側からやり直すこと。」この小説の構想を、ユルスナールは断念したり再度手をつけたり、ほとんど一生と言っていいほどのあいだあたため続け、準備し・・そしてやっと完成したのがこの作品です。
でも、ロマンチックなストーリーとかを期待したりしちゃあダメ。ユルスナールは、ウソもシンジツもあるニンゲン・ハドリアヌスに迫ろうとします。
ハドリアヌスが歯切れが悪いモノの言い方をすれば、ユルスナールもまたそう書こうとします。言ってみれば小津映画・・サンマはでてこないけれど、ハドリアヌスにとって日常会話だったとおもわれるギリシャやローマの古典はじゃんじゃんとでてきます。ハドリアヌスの本棚にあったとおもわれる本は、ユルスナールもたいがい読んでる。
スゴ〜イ・・と言うか、この本をたのしむには、知識だけではなく、もしかすると心の準備もできていなかったのかもしれません。前半はほとんどパラパラッと読み飛ばし。ハドリアヌスが病をかかえ死を意識しはじめたあたりから、やっと目が据わりはじめました。死を予感したハドリアヌス帝が、こんな述懐をしています・・
まだなすべきことは山積みしている。・・・・・ボリステネス村の百姓たちは、厳冬のあと、援助を求める権利がある。それとは逆に、いつも皇帝の心づかいを利用しようとしているナイルの谷の裕福な耕作民には援助金を拒否しなければならぬ。学術長官ユリウス・ウェスティヌスは公立の文法学校の開設について報告書を送ってよこしている。わたしはパルミラの商業法規の改訂を終えたばかりだが、淫売婦の価格から隊商の入国税にいたるまで・・・・・軍人の植民地では重婚の例がふえているが、わたしは帰休兵たちに結婚を許す新しい法律を誤用しないように、・・・・・古代カルタゴ領のある地域で、いまなお子供の人身御供が行われているが、バールの祭司たちに、生贄の薪の火をかきたてる喜びを禁じる方法を考えねばならない。
(引用おわり)
一人称でハドリアヌスが語っているためにより現実味があるのかもしれませんが、ハドリアヌスちゃん、けっこうこまごまとしたことにアタマをくだいてるじゃない。
それでフトおもったのですが・・どの時代でも「どう、生活?」って聞いたら、「まあフツウ」と感じていたんじゃないか・・行政側は一応それなりのことはしていたんじゃないか・・な〜んてね。どのあたりでヨシとするか、あるいはなにを理想とするかは、その時代その時代でチガウとはおもうけれど・・そんな気がしました。
(2003.11.10.)