オギュスト・ロダン
Auguste Rodin 1841-1917
展評訳: ExibArtFrancesca Matarrese 2001.04.13.
「古典以上にいきいきと生命をえがききったものはほかにない。(ロダン−1914年)」
ヴィッラ・メディチで、オギュスト・ロダン展がもよおされている。ロダンの力強く表現力に富む彫刻作品約80点ほか、30点あまりのデッサン。また写真も展示されていて、これがとても魅力的。
ローマ滞在中のロダンが写っているものもある。ロダンがイタリアを最初に訪れたのが1876年。ロダン35歳のときだ。イタリアの古典美術に心を奪われたロダンは、それから何度もイタリアをおとずれることになる。
ミケランジェロから得たインスピレーション、表現力の豊かさと大胆な造形性。ロダン作品はイキイキとした緊張感に満ち溢れている。とりわけ注目に値するのは『門』だろう。この作品は未完成に終ったが、一連の試作作品をこの展示会で見ることができる。ダンテの『神曲』に着想を得たロダンは、『地獄の門』を造ろうとしていた。そのためのデッサンやスケッチから、ロダン作品のなかでもとりわけ美しい彫像がいくつもうまれている。
たとえば『接吻』がそう。ふたりの恋人がひとつになっている造形性はみごと。有名な『考える人』に見られるような、ロダン作品によくみられる世紀末の焦燥感、それはこの『接吻』においても感じられる。内に秘めた苦悩、そこから脱っしようとする感情のほとばしり。
イタリアの古典に熱い憧憬の眼をむけていたフランス人アーティスト、ロダン。展示会では、ロダン作品のかたわらに古典作品を配置して、両者を見較べることができる。ロダンの『シビラ(ギリシャ・ローマ神話の巫女)−1904年』の横には、『アフロディテの座像(2世紀)』があった。
ロダンのもうひとつの理想がミケランジェロだった。『青銅器時代(1877年)』にはその影響がはっきりとでている。ミケランジェロのように、またロダンも生命力に満ち溢れた彫像を創作することに成功している。
ヴィッラ・メディチの展示ホール以外にも、そのすばらしい庭園には何点かのロダン作品が展示されている・・『歩く人』『ウゴリーノとその息子たち』。そこでは、『カレー市貴族に捧げる記念碑』の修復にあたるアントワン・アマルジェールの作業をも見学することができる。
これ(カレー市貴族に捧げる記念碑)は今回の特別展示。1347年、カレー市貴族は市民の命を犠牲にするかわりに、イギリス国王にその権力を移譲した。これを記念してカレー市がロダンに注文したのが(1895年)現在修復中の記念碑。衣装のヒダなどが、ドナテッロ(1386-1466)の作品『予言者』をおもわせる。
(2001.04.15. 訳)(2003.11.21. 点検)
ロダン作品
http://www.ibiblio.org/wm/paint/auth/rodin/
※ ヴィッラ・メディチ:スペイン階段を登って左にすこし行ったところ。16世紀にメディチ家の所有となる。1803年、ナポレオン・ボナパルトがアカデミー・フランセーズをここに移し、『ローマ賞』という奨学生制度を設け、フランスの有能な芸術家たちをここで学ばせた。現在も『アッカデミア・ディ・フランチャ』。
※ ロダン展(〜2001.07.09.):Accademia di Francia, Villa Medici. Viale Trinita dei Monti, 1, Roma