Кузьма Сергеевич Петров-Водкин 1878-1939
トレチャコフ美術館:「赤い馬の水浴」は1912年、『芸術世界(※)』の展示会に出品された。 / ラディーシェフ美術館
ソ連時代のアーティストは、中央アジアあたりの精神病院か強制収容所送りにされたくなければ、、作品を発表しないか、指導部がつきつけてくるさまざまないちゃもんをなんらかのかたちでクリアしつつじぶんの芸術性を追求しなければなりませんでした。ペトロフ=ヴォトキンの作品も、てっきりそうした時代の産物だとばかりおもってた。
ペトロフ=ヴォトキンは、世代的には、マレーヴィッチ、クレー、マルクらとおなじ。マティスは10歳年上で、シャガールが10歳年下。だけど・・シャガールやカンディンスキー、マレーヴィッチがきわめてインターナショナルなアーティストであったのとくらべると、イメージ的にペトロフ=ヴォトキンは「ソ連のアーティスト」。じっさい彼は、ずっとサンクト・ペテルブルグのアカデミーで教えていたし、、
ところが・・・たとえば代表作のひとつ「赤い馬の水浴(右上)」なんかは1912年の作品で、ロシア革命(1917)以前。もちろん、ペトロフ=ヴォトキンはロシア革命後にもいい作品をたくさん描いていますが、それにしてもロシア革命が起きたときペトロフ=ヴォトキンはすでに40ちかく。さらに、革命後アートにじょじょに逆風が吹きはじめたといっても、スターリンがでてくる1930年代まではまだまだ表現の自由があった。
また、ペトロフ=ヴォトキンは若いころ(ロシア革命前)、ヨーロッパやアフリカなどいろいろなところを旅行しています。そのころ、1900年代はじめと言えば、、パリにはセザンヌがいましたし、ウィーンにはカンディンスキー、、、そこらじゅうであたらしいアートがうごめいていました。だからあたりまえと言えばあたりまえだけど、、ペトロフ=ヴォトキン作品はシンボリスティック(象徴主義的)であったり表現主義的だったりフォヴ的だったり、あるいはわけてもマティス的だったり・・・
じゃあ、、いったいどうして、ペトロフ=ヴォトキンとソ連時代をこうもむすびつけてかんがえていたのか、、ペトロフ=ヴォトキンの作品がなんでこうもそれらしくみえるのか、よくワカラナ〜イ。。もしかすると色彩のせい、、?あるいは・・・ペトロフ=ヴォトキンが表現したかったものがなんであれ、、ソ連指導部が好んだ「精悍な労働者像」に通じるようなナニカが、ペトロフ=ヴォトキン作品にはあるの、、?
そのナニカがなんであるかはわかりませんが、、ペトロフ=ヴォトキンをロシア語検索していたら、なんとゲイのサイトのペトロフ=ヴォトキン評がトップでヒットしました〜!ペトロフ=ヴォトキンの作品って、、いっぽうでソ連時代の絵を想像させるかとおもえば、もういっぽうでは、凛々しくてしなやかな若者に憧憬のまなざしを向けるひとたちの目もとらえる・・・・・あはは、、、なんじゃらほい、、?!
(2004.09.15.)
略歴(ロシア語)と作品画像
http://hronos.km.ru/biograf/petrov_vodkin.html