ナポレオンとクトゥーゾフ
ロシア人のお国自慢には少々度を超したところがある。「じつは最初の発明者はロシア人で・・・」「じつは起源はロシアにあって・・・」そうかいそうかい、、「火を発見したのもロシア人だろ」って言いたくなる。
かぎられた情報のなかでモノを言っているからかもしれないし、あるいはある種の劣等感からかもしれない。でも学者たちがまたそういうのをあおる。たしかに、常識をくつがえすような説はときとして刺激的ってこともあるけど〜〜
そういうひとたちとはなしをしていると、しらぬ間におもわぬ勘違いをさせられてたりする。たとえば・・・1812年の夏、モスクワ近郊ボロディノ(バラディノ)でナポレオンのフランス軍とクトゥーゾフのロシア軍のドンパチがあった。
ボロディノのクトゥーゾフ
ロシア人の語り口からは、この戦いが偉大な祖国防衛で、あたかも「ロシア軍の勝ち」といった印象を受ける。だからなんとなく、、「クトゥーゾフがモスクワ放棄を決めてナポレオンがモスクワに入場し、そのあと火事やら厳しい寒さやらでフランス軍が苦労したあとの『ボロディノ決戦』だった。」・・・みたいにおもってた。
ところがじっさいは順序がぎゃく。「ボロディノの戦いは、どちらが勝ったとも言えぬ痛み分けで終わり、クトゥーゾフはいったんモスクワを放棄という作戦におよんだ。そしてナポレオンはもぬけの殻のモスクワに入場し、火事と冬将軍にやられ疲弊しきって撤退。」・・・これが史実。
モスクワ炎上
ところでモスクワの花火と祝砲と雷・・・これがみなどれもおなじように聞こえる。どど〜〜〜〜〜〜〜ん、、と足元から響いてきて、や、やっべえ、、ってかんじ。日本のデジタル系の音とはちょっと違う。たぶん平原という地形や乾燥した空気のせいだとおもうけど、あのスゴミのある音を聞くたびに、ボロディノの戦いのときも、モスクワではこんなふうに大砲の音が聞こえてたのかなっておもう。
(2005.06.19.)
※ ボロディノの戦いはアレクサンドル1世の時代で、のちにトルストイがこの戦いをもとに「戦争と平和」を書いた。
※ クトゥーゾフ(Кутузов Михаил Илларионович: 1745-1813)
ボロディノ戦史博物館(Государственный Бородинский военно-исторический
музей-заповедник): 古戦場および石碑などの写真
http://www.borodino.ru/pamyatniki.shtml
解説(ロシア語)・・・このファイルにあるようなボロディノ戦の絵がたくさん。
http://www.sgu.ru/rus_hist/time/?century=19&eid=69&fPage=