EKAKINOKI

アルトゥール・フォンヴィジン水彩画展

ARTUR FONVIZIN (1882-1973)

主題的には・・ポートレイト、人物が多い、ということになるのかな・・。風景、静物とかもあったけど、人物プラスなにか、たとえば馬と貴婦人とかの組み合わせにおもしろいのがあった。

水彩のにじみをバンバンと使っていて、それでいてより立体感がでているところはサスガ。象徴的な雰囲気とかも、それによってすこしかもし出されているかもしれない。

しかも、水彩画とはいえここまで透明感がある作品というと、すぐに思い浮かぶのはマティスぐらい・・。

そしてこの『透明感』は色彩だけにとどまらず、フォンヴィジン作品はその繊細な表情にもかかわらず、いっさいの感情移入を突き放しているかのよう。さらにそのために、色彩的にも構図的にも、フォンヴィジン作品にはなんともフシギな『浮遊感』が満ち満ちている。

「なんなの、コレ?」とおもうぐらいの『透明感』そして『浮遊感』・・・フォンヴィジン作品は、まるで地上の苦しみなどこれっぽっちも知らずにしあわせそうに飛び交う小鳥たちみたい・・・

フォンヴィジンは、『時代の不安』とかとはいっさい無関係なかったひとなのかなぁ・・?あるいは精神的にものすごく安定していたひと・・?さもなければ、完璧なまでの芸術至上主義者だった・・?

フォンヴィジン / 2作品
http://www.stria.ca/Brochetain/uranus.html

こんなフシギフシギな『極楽鳥』感覚をフォンヴィジン作品に感じるひとはほかにもいるみたいで、たとえば上記サイトには、それについての説明をこころみた文章が引用されていました。

フォンヴィジン作品はまるで自由で、いかなる理屈にも感情にもリンクしていない。ひとり独自の世界に生きているかのようであり、すべての行動はそこにゆらめくオーラによって認められているかのようだ。それはアーティストの心そのものでなければ、フォンヴィジンが作品そのものになってしまったかのようだ。(Eric Bulatov)

(要約引用おわり)

フォンヴィジンはドイツ人を父にもち、ラトヴィアの首都リガで生まれ、モスクワで没しています。ミュンヘンにいたころ、カンディンスキーなどとの接触もありましたが、ブラウエ・ライター(青い騎士)には組していません。

コンピュータ画像では、どうしてもひとつひとつの色彩の出色がどぎつく、よりコントラストが強調されてしまうので、フォンヴィジン水彩画の繊細なかんじを掴むのはほとんどムリなようにおもえます。(フォンヴィジン作品をごっそり展示しているサイトも見つからなかったし・・。)

展示会など、機会があったら見てソンはないアーティストのひとり。たぶん、、、欧米コレクター筋には、垂涎の的かもしれません・・・

(2004.01.07. Moscow)

フォンヴィジン略歴(英語)
http://www.artnet.com/library/02/02...

※ フォンヴィジンの友人には、ミハイル・ラリオーノフ、ナターリア・ゴンチャローヴァなどがいました。

※ ファイル中の写真(拡大画像つき): (上)フォンヴィジン展が催されているドム・ナショーキナ(地下鉄マヤコフスカヤ駅左側出口すぐ "Дом Нащокина" Воротниковский пер. 12)。 (下)フォンヴィジン作品(写真提供はアヴェーリン)

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