S・A・プリェートニェヴァ著『ハザール 謎の帝国(城田俊訳 新潮社)』
表紙カバーでオレンジ色に塗られている部分が、7〜10世紀ごろ、カスピ海から黒海沿岸にかけてに存在していたハザールという国です。(白い部分は左から地中海、黒海、カスピ海。)
なぜハザールが注目を浴びるのかというと、邪馬台国なみに主要都市の場所をいまだに特定できないのと(水没説もある)、ハザールがユダヤ教を国教とした国であったために、「ハザールが滅んだのちに流れついたひとたちが、東欧ユダヤ人のルーツではないか・・」という説があるためです。
ハザールがあったあたりは、数知れぬ草原の民が現れては消えていった地帯で、周辺には、突厥、イスラム勃興前のササーン朝ペルシャ、イスラム教で力を得たアラブ、権謀術数にたけたビザンチン帝国、新興のルーシ・キエフ公国などがあって、それぞれがみずからの存亡をかけてハザールとガンガンにやり合っています。
宗教には比較的寛容だったハザールがユダヤ教を国教としたのは800年ごろで、それによってかえって政治的なコンフリクト(葛藤)をふやしてしまった、みたいなところもあったようです。兄のメトディオスとともにスラブ社会にキリスト教を布教したキュリロス(グラゴール文字の発案者)が、ハザールに行き(860年)、改宗させるための論戦を挑んだりしています。
ハザールは、さいごはキエフ公国に滅ぼされるのですが、このときに登場してくるのがキエフ公国の初代オレグ公(?-912)、キエフ公国にキリスト教を受け容れたウラジーミル1世(955?-1015)などです。
この地域から押し出されたハザールは、ポーランド、ハンガリー、ブルガリア、ウクライナといった東欧・中欧のほかにも、ヴォルガ川、ドン川からウラルあたりまで生活の場を求めて行き着いているのです。いまそういった地方に住んでいるロシア人のルーツの一端を垣間見るようで、おもしろいです。
(2003.10.06.)
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